ABL融資の対象先企業の事業再生に伴う在庫(棚卸資産)評価

 在庫・売掛金担保融資(ABL:Asset Based Lending)とは、借り手企業のキャッシュフローの源泉となる動産や金銭債権等の流動性のある事業資産の価値に着目して、企業の信用リスクを補完する融資手法です。これまでの金融機関の融資は不動産担保が中心であったために、自己査定上ABL融資は、不動産担保融資に準じた取扱いがなされてきましたが、処分可能性の観点から担保としての脆弱性が指摘され、一般担保化は困難とされてきました。

 本来のABL融資は企業の事業存続を前提とし、融資期間における在庫の動きやキャッシュフローの継続的なモニタリングを通じ、在庫や売掛債権に関する社内管理体制や商流・業界慣行に起因するリスクを把握し資金需要に敏感に対応するものです。そのため金融機関がモニタリング作業を通じて融資先の経営状況を深く把握することにより経営改善に向けた融資先支援の糸口を見い出す契機となる点が、今日ABL融資が事業性融資と言われる所以です。

在庫(棚卸資産)評価の流れ

 在庫は常に動いていることから、評価人自らが全数をカウントして評価することはできません。このため在庫評価では提供資料の信頼性の検証と活用方法が重要になります。

① 在庫のバックグラウンドを理解する。
 会計処理方法(原価の算定方法や棚卸資産の評価方法)を理解したうえで数字の中身を明らかにして在庫の構成内容を分析します。
② 数字の正確性と管理状況を把握する。
 在庫から複数の在庫品をピックアップして、在庫明細数量と、実際数量を確認します。そして在庫明細の原価の妥当性や品目ごとの価値に関する分析を行います。
③ モニタリング方法知り、換価シナリオを策定する。
 除外すべき在庫の存在や在庫の管理体制、在庫の分類方法が理解され、評価額の算定に向けた判断根拠を固めます。
④ 市場価格の把握
 市場価格は、原材料・仕掛品・製品などの在庫それぞれのカテゴリーに対する分析を通じて、任意のカテゴリーごとに適用可能な換価率を算定して求めます。

在庫評価に適用される定義

公正市場価値-継続使用(Fair market value in continued use)
 買う意欲のある買い手と売る意欲のある売り手が、いずれも売買を強制されることなく、また双方があらゆる関連事実を十分に知ったうえで、当該収益が生産ラインの継続の合理性を担保するとの前提で、双方にとって公正に取引を行う場合に、資産に対して合理的に期待されうる取引価格
任意清算(処分・換価)価値OLV(Orderly liquidation value)
 売手が現状有姿で売却を余儀なくされる状態で、合理的な期間内に買い手がつくことを想定した実現可能な総売却価格
強制清算(処分・換価)価値FLV(Forced liquidation value)
 売手が緊急に現状有姿で売却を余儀なくされる場合に、適切に管理指導された競売によって実現可能な総売却価格
純任意清算(処分・換価)価値NOLV(Net Orderly liquidation value)
 任意清算価値(OLV)から処分に必要となる経費を差し引いた、実際にレンダーの手取りとなる回収額、実務的にはこの値が担保の設定額となる。

※米国鑑定士協会テキストME206より抜粋

ABL融資と評価人

 金融機関ではABL融資を実行する体制整備が不十分です。その理由として、標準的手法やプロセスが確立していないこと、在庫の数量や品質に対する定期的なモニタリングが不十分であること、外部委託先の評価に技術レベルのばらつきがあること、事業の置かれている状況や商材によって処分市場が異なってくることなど枚挙にいとまがありません。

 ABL融資が普及している米国では、評価理論・手法が体系化されていくなかで、社会的に評価制度・基準として広く認知されていきましたが、評価人制度が完成していく過程で、①評価人による評価物件への処分関与の禁止、②評価額に連動した評価料の禁止、③成功報酬徴収の禁止など、利害関係が生じる行為や業務を禁じて厳格な中立性を問うようになりました。

 我が国でも、評価の認知・普及には利害関係を有しない中立な評価人の立場が必要とされるでしょう。

米国鑑定士協会 認定資産評価士 田井 政晴

※ 本コラムは「銀行法務21 No.816⁄ 2017年7月号」に寄稿したものを要約しご紹介したものです。


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