収益計算で用いるCAPEX(資本的支出)について

 収益還元法では、総収益から総費用を控除して純収益(NOI)をまず求め、このNOIからCAPEXを控除して正味純収益(NCF)を求めます(NCF÷利回り=収益価格)。CAPEX(キャペックス)という言葉は「Capital Expenditure」の略語で、収益計算の実務では「資本的支出」や「大規模修繕積立金」等と訳されます。今回は、言葉の定義がやや曖昧な感じもするこのCAPEXについて考察します。

会計上の資本的支出との違い

 最初に、収益還元法で登場するCAPEX(資本的支出)は、「会計上の資本的支出」とは意味が異なります。すなわち、「会計上の資本的支出」が資産価値を向上させるバリュー・アップ的な支出を意味するのに対し、不動産評価上の「資本的支出」は資産価値を使用開始前の状態に戻すための支出のみを意味し、初期状態を超えて資産価値を高めるような支出は含まれません(建築業界のBELCA[注]も同様の解釈です)。したがって、例えばリニューアルやリノベーションを前提に収益価格を把握するようなケースでは、改善に要する支出はCAPEXとは別に、査定した収益価格から直接的に控除することになります。また、最近は減損会計や時価注記等の依頼目的において、鑑定書が監査法人等の目に触れる機会も増えています。会計士や税理士の方は違和感を覚えるかもしれませんが、「資本的支出」という言葉の意味の違いを互いに理解しておく必要があります。

減価償却費との違い

 鑑定評価にCAPEXの概念が導入されたのは、平成15年の鑑定基準改正時です。それ以前は、収益計算に当たっては総費用として減価償却費を計上するものとされ、資産価値の減耗分は再投下資本として回収するという考え方が一般的でした。しかし、平成15年改正で「収益計算には原則として減価償却費は含めない」ものとされたため、これに代わる資産価値の保全手段として新たにCAPEXの計上が義務づけられることになりました。

 減価償却が取得原価の期間配分手続きであるのに対し、CAPEXは一定期間(通常は調査時点から12年または15年)内に発生するであろう修繕更新費を建築会社が個別の設備ごとに見積もっている点で建物の実態に即した金額となっています。ただし、CAPEXは建物の存続期間全体を査定の対象とはしていないため、当初の査定期間が経過した後、将来に向かって修繕費が逓増するリスクは残っています。なお、実際の収益計算においては、純収益や利回りが年間を単位としている関係で、CAPEXについても年平均額を計上することになります。

実務上の課題等

 不動産鑑定士は、CAPEXが建築費に占める標準的な割合等は把握していますが、建築会社のように個別の設備ごとに修繕更新費を見積もることはできません。このため、特に証券化不動産の評価に当たってはエンジニアリング・レポート(以下「ER」)の入手が義務づけられ、不動産鑑定士はERが査定した中長期修繕更新費の妥当性を検証の上、この金額をCAPEXとして計上することになります。ただし、建物の現況や経過年数に照らしてERの査定額に疑義が生じた場合には、査定額に代えて建築費ベースの推定額を計上したり、費用が増加するリスクを別途利回りで考慮することになります。

 また、ERは不動産を証券化する際に所有者であるファンド側が取得するものですが、鑑定評価のように毎年取り直すことはありません。このため、鑑定会社としては、評価時点との兼ね合いで入手したERが古いというケースも少なくはありません。この点に関して、証券化鑑定の実務指針では「ERは5年以内のものを使用することが望ましい」とされていますが、あくまでも努力規定であり、依頼者に時間的または金銭的な余裕がなければ古いものをそのまま使うことになります(少なくとも参考にはします)。特に、建築費が高騰している時期に古いERを使う場合には、建築費指数等を参考にして金額を補正しなければなりません。

 CAPEXは、費用項目の中でも金額が大きく、利回りと同様に収益価格に多大な影響を及ぼすものです。最近、利回りに関してはデータベース化が進んでいるようですが、不動産鑑定士はCAPEXについても、少なくとも自分が担当した案件の修繕履歴や修繕計画には目を光らせておく必要があります。

鑑定統括部 藤代 純人(不動産鑑定士)

注:公益社団法人ロングライフビル推進協会


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