過熱する不動産市場における収益還元法の適用について

 昨年の秋、約11年ぶりに不動産鑑定評価基準が改正された。鑑定評価の全範囲にわたって論点は多かったが、手法的には原価法が中心の改正であり、過熱する不動産市況を制度面で支えているはずの収益還元法にはあまり触れていなかった。今回は景気の局面と手法の適用について考えてみたい。

リーマンショックとDCF法

 DCF法は本来、キャッシュフローが不連続な場合には有用性が高い。保有期間の長さや出口の見方に左右される部分はあるが、不動産が安定稼働期に入るまでの事業収支の不連続性を評価額に反映できる。この点で、DCF法は不動産の評価手法というよりも事業の評価手法としてのイメージが強い。

 少し昔の話になるが、2006年をピークに都心部ではファンドバブルが全盛を極め、高騰する不動産価格に対応すべくDCF法が多用された。景気の上昇局面において、不動産ファンドは賃料の値上げを前提に物件の購入を検討することが多い。しかし、直接還元法では基本的に現行賃料を前提として純収益を把握するため、純収益が小さく、キャップレートに負担がかかる。

 そこで登場したのがDCF法である。毎年の純収益に連続性が認められる通常のテナントビル等にDCF法を適用することによって、キャッシュフローベースで毎期の賃料を上昇させたのである。当然、純収益も増加するので、キャップレート(正確には割引率)にはそれほど負担はかからない。確かに、当時は賃料も上昇傾向にあった。問題は、DCF法の保有期間が多くのケースでは10年に設定され、価格時点から10年間にわたって賃料が上がり続けるという大胆なシナリオにあった。皮肉なことに、ファンドバブル全盛期の翌年にはサブプライム問題が勃発し、さらにその翌年にはリーマンショックを招き、ミニバブルは崩壊した(価格的には半値になった)。

レンダーズバリューと直接還元法

 リーマンショックの後、とあるノンリコースレンダーの方とお話しをする機会があった。その方曰く、「証券化されてから3年が経過した不動産もあるが、鑑定評価書が当初想定したとおりに賃料が上がった物件は皆無である。レンダーズバリューとしてはDCF法よりも現行賃料ベースの直接還元法の方が望ましいことは我々としても認識している。」

 現行賃料が市場賃料に比べて低廉な場合、計算上は市場賃料を前提に収益価格を把握しがちである。買い手である不動産ファンドからすれば「現オーナーはともかく、自分たちが買い取れば賃料を値上げする自信がある」のだから、ある意味当然である。しかし、我が国では借家人であるテナントは借地借家法の保護下にあり、特に継続賃料の場合は当事者間の個別的事情等も斟酌されるため、現在の賃料が相場と離れているという理由だけではオーナーサイドが望むような賃料改定には至らないことが多い。

今後に向けての収益還元法

 キャッシュフローが有期な場合や変動が確定している場合等、DCF法を適用しなければ適正な収益価格を把握できないケースはある。一方、鑑定評価書には特定の投資家の目線だけではなく、世間一般に対して広く公平妥当性が求められる。

 投資の動向からしても、今後は微妙な時期に入ってくるだろう。円安や緩和マネーの恩恵がなくなれば、オリンピック前にまた大きな破綻が訪れる可能性さえある。このような市況下においては、DCF法の検証手段としても、「現行賃料ベースの直接還元法による収益価格」がもっと重視されてよいはずである。

鑑定統括部 藤代 純人(不動産鑑定士)


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