前回のコラム「実務で用いる各種利回りの再確認」では、不動産の価格や賃料を求める際に用いる各種利回りの意味や性格について述べました。しかし、本当は利回りの数値としての妥当性だけから投資の安全性を判断することはできません。当たり前の話ですが、利回りが還元の対象としている純収益の精度が問題となります。純収益とは、総収益(賃料収入等)から総費用(運営コスト)を差し引いた純利益のことですが、その大小は総収益と総費用の査定方法に大きく依存しています。純収益は、実務では意外とブレ幅が大きいものなのです。
総収益
総収益とは、賃貸用不動産であれば賃料収入等、事業用不動産であれば売上高ということになります。ここでは、話を簡単にするために賃貸用不動産を前提とします。通常のテナントビル等が満室稼働していれば特に問題はないのですが、空室部分や自用部分(ビルオーナーが自ら使用している部分)がある場合は厄介です。現在の収益還元法では、空室部分や自用部分については新たな賃貸借を想定し、正常賃料水準(その地域の相場的な賃料水準)による賃貸収入を計上した後、この満室稼働を前提としたビルのキャッシュフローに対してテナントの入替期間等に対応する空室損失相当額を考慮することによって総収益を把握します。したがって、総収益の妥当性は、正常賃料水準と、空室損失相当額を求めるための空室率の精度に大きく依存していることになります。
実務上、景気の上昇局面においては、正常賃料水準を高めに査定しているにもかかわらず、これに見合った十分な空室率が考慮されていないケースが目立ちます。賃料が上がっているうちはよいのですが、リーマンショックのような事態が起きると状況は一変します。直接還元法(単年度の純収益を利回りで割り戻す方法)はまだよいのですが、毎年の純収益を個別に予測するDCF法で賃料上昇シナリオを描いていた場合、そのダメージはより大きなものとなります。なお、貸室部分の賃料収入以外では、駐車場収入や看板・アンテナ・自販機等の設置料収入も総収益の構成要素ですが、これらに関しては実際の収入額を計上するので特に問題はありません。ただし、実際の支払額を大幅に上回る水道光熱費収入をテナントから徴収しているようなビルには注意が必要です。何故なら、テナントの入替えが生じた場合、新たなテナントから従前と同額の水道光熱費収入が得られる保証はないからです。
総費用
総費用とは、簡単に言えば運営コストのことです。具体的には、建物管理費(BM)、水道光熱費、修繕費(経常的な小修繕費)、テナント管理費(PM)、公租公課(土地と建物の固定資産税・都市計画税)、損害保険料(火災・賠償・利益等)、敷地が借地の場合の地代等の項目で構成されています。いずれも確定した支出額なので、実額が判明している場合は実額を計上するにこしたことはありません。問題は、実額が判明していない場合です。公租公課や保険料はそれなりに計算できますが、それ以外の項目はビルの個別性に左右される部分が大きいのです。もちろん、常識的な査定幅はありますが、査定した費用額が実際の支出額を下回っているケースがないとは言えません。査定に当たっては、ビルの大きさや経過年数等に十分留意する必要があります。
純収益
純収益は、償却前純収益(NOI)と正味純収益(NCF)に分かれます。まず、総収益から総費用を控除して求められるのがNOIです。このNOIに、テナントから預かっている敷金等の運用益を加算し、建物の大規模修繕積立金(CAPEX)を控除したのがNCFです。一般に、不動産の評価会社等ではこのNCFを用いて収益価格を査定します。敷金等の運用益が大勢に影響を及ぼすことはありませんが、CAPEXは金額が大きいので厄介です。ER(エンジニアリング・レポート)がある場合はその査定額を用いますが、参照したERそのものが古いといったケースもあります。また、ERがない場合は建物の再調達原価に対して一定の料率を乗じて求めることになりますが、この料率の査定には大変な困難を伴います。
したがって、収益価格の妥当性を判断するためには、利回りだけではなく、正常賃料水準、空室率、CAPEX等も同時にチェックする必要があります。
一棟貸し
上記ではマルチテナントを前提に話を進めましたが、実際には一棟のビル全体を単独のテナントが借りている場合もあります。この場合、空室は発生しないので空室率を考慮する必要はありませんが、利回りの査定に当たってはテナントの解約リスクを考慮しなければなりません。何故なら、現在のテナントが退去した後、ビル全体に対して新たなテナントをリーシングするのは容易なことではないからです。先ほどのCAPEXと同様、この解約リスクの査定にも大変な困難を伴います。本当にひどいケースでは、一棟貸しのビルがマルチテナントの場合と同程度の利回りで評価されていることもあります。
また、DCF法を適用しているケースでは、現行の一棟貸しは保有期間である5年か10年で終了するものとされ、翌期以降の出口価格の査定に当たって現在の建物は取り壊され、新たな建物の建築が想定されていることもあります。このような場合、現在の一棟貸しベースの純収益を、建替えを前提としたDCF法による収益価格で単純に割ると、極端に低い利回りが求められることになります。15年位前の話ですが、某外資系ファンドによる国内ホテルチェーンの買収もこのパターンだったと思います。当時は利回りの低さだけが噂となり、数値が一人歩きしていましたが、実はこんなカラクリがあったわけです。繰り返しになりますが、収益価格の妥当性は利回りだけでは判断できません。利回りのチェックと同時に、利回りが前提としているキャッシュフローの妥当性を吟味しなければなりません。
鑑定統括部 藤代 純人(不動産鑑定士)
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