今年は大変な一年になりました。年明けにはアメリカがイランを攻撃し、イランによる報復活動の直後には世界大戦や世界恐慌への危機感が高まりました。しかし、それも束の間、今度は中国で新型のコロナウイルスが発生し、折しも春節(旧正月)の時期と重なったこともあり、ウイルスは中国人旅行者によって世界中に拡散される結果となりました。その後の各国の状況は周知のとおりですが、特に日本は莫大な経済効果が見込まれていた東京オリンピックが史上初めて延期される等、前代未聞の経済アクシデントに見舞われています。
不動産市場は、これまでにも二度ほど大きな経済ショックを経験しています。1つ目は、1990年代前半のバブル崩壊です。この時は、土地神話の消滅とともに、地価は最大で10分の1程度まで下落したと言われます。2つ目は、2008年のリーマンショックです。この時は、不動産ファンドの撤退とともに、地価は概ね半値になったと記憶しています。いずれのケースでも、過熱した金融市場におけるリスク管理の甘さが引き金となっているわけですが、今回のコロナショックは、金融市場の外側で発生している点で、これまでの経済ショックとは大きく様相が異なります。コロナ禍は出口が見えておらず、現時点で地価の下落幅等を確定することはできませんが、不動産市場ではソーシャル・ディスタンスの影響でホテルや飲食店等を中心に大きな被害が出ています。
今回は、コロナ禍における不動産市場の在り方や今後の推移・動向等について、当社と業務提携関係にある全国の不動産鑑定士にアンケート調査を行いました。なお、文中のカッコ書き(都道府県名)は、アンケート回答者の事務所の所在地を示すものです。
※本コラムは「ARES不動産証券化ジャーナルVol.58」に寄稿したものを転記したものです。
ごもっとも
函館市では、数年前に北海道新幹線が開通したことにより、以前にも増して観光色が強まっていました。コロナ以前は、東京資本等を中心にホテルの建設ラッシュが続きましたが、コロナ以降はホテル用地の転売や着工の見合せ等が相次いでいます。このままでは、函館の観光業は衰退し、雇用環境の悪化とともに労働力の市外への流出を招き、人口減少に拍車がかかるという負のスパイラルに陥ってしまう可能性があります(北海道)。
仙台では、今のところ直接的な影響は出ておりません。コロナ禍の第二波が迫る中でも、再開発事業は予定通りに行われ、大手ホテルチェーンによるホテル建設も進められています。また、半年ほど前から、Jリートへの売却を前提とした大規模な物流用地を探す動きも見受けられますが、ただでさえ在庫が少ない上、直ちに着工できることが条件になっているらしく、現時点では成約に漕ぎつけたという話は聞いておりません(宮城県)。
横浜では、オフィスビルや大型商業施設に大きな被害は出ていませんが、駅前等の飲食店では厳しい状況が続いています。飲食店は、もともと出入りが激しい上、店側に資金的な余裕があるケースは少ないため、短期間でも営業を停止すれば閉店に追い込まれるリスクがあります。休業要請は解かれても、人々の「3密」に対する警戒心が解かれない限り、飲食店の売上がコロナ以前の水準に戻ることはないでしょう(神奈川県)。
大阪では、店舗ビルを中心にテナントによる解約や家賃の減額交渉が多発し、ついには家主との交渉を代行する「減額コンサルタント」なる会社まで登場しています。店舗ビルは、他のアセットと比べてキャッシュフローの落ち込みが激しく、回復の兆しも見当たりません。Jリートの世界でも、店舗(リテール)はオフィスに次ぐ市場規模を有しており、店舗の不振が引き金となって大きなクラッシュが起こる可能性も否定はできません(大阪府)。
鹿児島では、天文館のナイトクラブでクラスターが発生し、ウイルスへの感染が地方都市にまで広がっていることが改めて認識されました。クラスターの直前には、それまでの自粛が少し緩んで客足も戻りつつあったのですが、天文館はクラスターが原因で再び客足が途絶えてしまいました。シティホテルでは、ずっと延期されていた結婚式が更に延びてしまい、県外から出店していた結婚式専門の花屋が撤退してしまいました(鹿児島県)。
あるある
昨年は台風で浸水や停電等の被害が出たタワーマンションですが、マンション内でクラスターが発生するリスクは普通のマンションよりも高いような気がします。何故なら、タワーマンションは世帯数が多い上、長い内廊下で換気が十分ではないことが多いからです。外出自粛や在宅勤務といっても、タワーマンションの場合はエレベーターや共用部を使う人が増えるだけなので、かえって「3密」状態を作り出すことになってしまいます(神奈川県)。
建売住宅に関しては、もともと働き方改革のあおりで残業時間が制限され、将来所得の減少に対する不安感から購買意欲は下がっていたように思います。コロナ禍は、そこへ追い打ちをかけたわけですが、外出自粛要請等で遠出をしなくなった人たちが近所を散歩するようになり、家の近くの新築物件を目にする機会が増えているため、新築物件に対する問い合わせ自体はかえって増えているという話を聞いたことがあります(東京都)。
在宅勤務やリモート・ワーク等の普及は、住宅に対する選好性にも影響し始めています。緊急事態宣言が発令されて以来、湘南エリアや南房総エリアでは少々高額なリゾート物件を探す動きが活発になっています。日本各地には、売れ残ってしまったリゾート物件が山ほどあります。不動産業者は、今から新築住宅を手がけるくらいなら、こうしたリゾート物件を在宅勤務用にリノベしてオフィス住宅として再販すればよいと思います(千葉県)。
コロナ以前は全国的に流行っていたシェアオフィスですが、これは「3密」の典型のような業態であり、大企業による一棟借りのケースを含めて市場は縮小することが予想されます。この数年、主要都市では外資系のシェアオフィス業者が新築ビルを借り上げてきましたが、相場より高い賃料での成約が目立ったシェアオフィス業者による解約や賃料の減額請求は、全国のオフィス市場に大きなダメージを与えることになりそうです(愛知県)。
IT技術の発達に伴い、世界中で都市のスマート化が進められています。スマートシティとは、街づくりにAI・IoT・ビッグデータ等のIT技術を取り込み、資源的及び時間的な無駄を取り除くことによって街全体の機能性が高められた都市のことをいいます。コロナ禍のスマートシティでは、外部からのウイルスの侵入を防ぐバリアー機能や、シティ内の感染者を素早く検知して隔離や除染を行うメディカル機能等が不可欠になってきます(広島県)。
なるほど
近い将来、世界はさらに凶暴なウイルスに襲われるという専門家の見解もあります。そうなれば、自粛要請等で感染の拡大を防ぐことはできないでしょう。ヨーロッパでは、富裕層がアルプスの山奥に避難を始めたそうですが、日本でも人里離れた山奥に要塞のような別荘が建てられているのでしょうか?山は貴重な水源であると同時に、最後の避難場所でもあります。そろそろ、外国人による山林の取得には制限を課すべきです(北海道)。
ロシアでは、地球温暖化の影響で永久凍土が融解し、工場の燃料タンクから大量の軽油が川に流れ出すという事故が起こりました。永久凍土には、何百年も前に伝染病や炭そ菌等に感染した動物の死骸が埋まっています。このまま凍土の融解が続けば、何百年も眠っていたウイルスが再び活動を始めることになるでしょう。我々は、ウイルスや疫病が流行する背景にはいつも地球温暖化の問題があることを忘れてはなりません(新潟県)。
コロナ禍でも株価は下がらず、投資法人に言わせると不動産価格も下がってはいないそうです。しかし、コロナ禍の長期化に伴って住宅家賃が下がったり、サラリーマン所得が減少すれば、コロナ以前にフルローン等で購入されたワンルームマンションが不動産市場の火種となる可能性があります。コロナ禍の不動産市場では、こうした火種に対する政府の経済政策(特に補助金政策)が重要な価格形成要因のひとつとなってきます(東京都)。
経済学の世界に「ラチェット効果」という言葉があります。これは「一度贅沢を経験した人は、二度と元の生活水準には戻れない」ことを意味します。この理論をコロナ禍に当てはめると「一度在宅勤務を経験した社員は勤労意欲が低下し、給与所得の減少とともに都心から郊外へ移住する」ことになります。また、こうした社員を大量に抱える企業も業績が悪化し、AクラスビルからBクラス・Cクラスへの移転が加速することになるでしょう(京都府)。
中国に工場を持つ日本企業は年々増えていますが、今後はパンデミック等のカントリーリスクを見直す必要がありそうです。大気汚染が深刻で、衛生面にも課題の多い中国が今後も新たなウイルスの発生源となるのであれば、生産拠点としての中国からは撤退が続き、日本国内には相当な規模の工業団地が新設されることになるでしょう。そうなれば、工業を核として、長年の課題だった地方創生が実現することになります(兵庫県)。
まとめ
IT全盛の現代社会において、これほどの感染症が発生するとは誰が想像できたでしょうか?景気の後退局面は、いつの時代も予期せぬ事態から始まるものです。しかし、今回のコロナショックは、単なる景気の問題を超えて、人々の生活様式や企業の生産活動に大きな変化をもたらしています。そして、その基盤となる不動産市場でも、これまでの常識は覆され、まったく新しい市場の形成が始まろうとしています。
ウイルスの流行による社会的混乱は、遅かれ早かれ、ワクチンの開発とともに収束することでしょう。しかし、地球温暖化が様々な自然災害を引き起こしている近年の状況下では、今後も新たなウイルスが発生しないという保証はありません。そう考えると、現在行われている在宅勤務やリモート・ワーク等の勤務形態は単なる経過措置ではなく、企業のリスク管理として今後も定着することが予想されます。そうなれば、高い賃料や固定資産税を払ってまで大都市圏にオフィスを構えることの重要性は薄れ、オフィス市場でも店舗市場と同じように大都市離れが進むことになりそうです。また、住宅市場でも、この数年はオフィスビルが集積するエリアの近辺で賃貸マンションが供給されてきましたが、今後は多少オフィスから遠くても賃料の安い物件を選ぶ人が増えそうです。分譲マンションや戸建住宅に関しても同様で、通勤圏やベッドタウンといった従来の概念は薄れ、もっと自然環境の豊かな場所が好まれることになりそうです。
地価とは、人が集まることによって生じた付加価値の一部が土地に帰属した結果でもあります。コロナ禍は、人々の分散を促し、長年続いた大都市圏への一極集中問題や地価の二極化問題を是正してくれるのかもしれません。しかし、オンライン勤務が本格化すれば、仕事と余暇の両面でインターネットの利用機会が増えることになります。その結果、セキュリティレベルの高い回線や特定のアプリ・SNS等に人が集まるようになれば、今度はインターネット上の空間の中にサービスの利用対価等に応じて仮想地価のようなものが形成されるのかもしれません。
神山 大典(不動産鑑定士)
藤代 純人(不動産鑑定士)
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