2017年は、人工知能(以下、AI )が大きな注目を集めました。将棋や囲碁等の話題をはじめ、連日のようにマスコミで取り上げられ、今も産業界の各方面でその研究が続けられています。
AI の研究は、音声・画像・言語・情報・推論等の様々な分野に及びますが、研究は大きく二つの立場に分かれます。ひとつは「人間の知能そのものを持つ機械を作ろうとする立場」、もうひとつは「人間が知能を使って行う作業を機械にやらせようとする立場」です。「人工知能」という言葉からは前者を連想しがちですが、実際には、研究の大半は後者の立場に立っています。つまり、AIは自分で何か新しいことを考えるのではなく、特定のデータに基づく行動パターンを習得していることになります。ただし、いわゆるディープラーニング(深層学習)の能力を持つAIは、物体の特徴を自力で学習し、人間と同じように物体を識別することができます。
不動産業界でも、最近はAIやビッグデータ(膨大な量のデジタルデータ)を活用した情報提供サービスが広まりつつあります。こうした動きは、金融ITを意味する「フィンテック(Fin Tech)」に対して「不動産テック( Real Estate Tech )」と呼ばれ、ITとの結合が市場の透明性をより高め、業界特有の「情報の非対称性」を解消することが期待されています。もっとも、AI はデータサービスにとどまらず、産業技術や社会構造そのものを変えることによって不動産市場にも大きな変革をもたらす可能性があります。今回はAIをテーマとして、当社と業務提携関係にある全国の不動産鑑定士にアンケート調査を行いました。なお、文中のカッコ書き(都道府県名)はアンケート回答者の事務所の所在地を示すものです。
※ 本コラムは「ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.40」に寄稿したものを転記したものです。
ごもっとも
実際のところ、AIはどの程度、私たちの生活の中に入り込んでいるのでしょうか?まずは、既に実社会で活躍しているAIについてです。
AIの技術は、企業のマーケティング分野で活かされています。例えば、タクシー会社ではAIを使って過去の乗車データを分析し、乗客の行動パターンからタクシーを利用しそうな人がいる場所を予測して車を先回りさせています(東京都)。
医療の現場では、AIを使って病気を発見するサービスが始まっています。従来の技術では相当な時間と労力を要しましたが、今はコンピュータが創り出すアルゴリズムを活用することによって1枚のCTスキャンから病気を特定することができます(宮城県)。
AIは、弁護士業務にも役立っています。膨大な判例の中から、役に立ちそうなものだけを短時間で見つけることができます。そうなると、法廷の場にAIが登場する日も近そうですが、人間がAIに裁かれることに違和感を覚える方は多いはずです(神奈川県)。
株式投資の世界では、インターネット上の取引システムにAIが導入されています。オペレーション能力は飛躍的に向上し、某外資系証券会社では600人いたトレーダーが2人のシステムエンジニアに取って代わられてしまいました(千葉県)。
中国では、インターネット上で一般人と会話をする言語分野のAIが、中国共産党を批判して利用サービスが停止になるという事件が起きました。このAIは、人との会話を通じて自分なりの政治観を形成したことになりますが、私はAIよりも、AIを洗脳した人間のほうが怖いと感じました(埼玉県)。
AIを搭載した御坊さんの話を聞いたことがあります。しかし、お経などは読めたとしても、AIが人間の心の本質に迫ることはできるのでしょうか? 仮にそれができたとしても、AIに「悟り」などを開かれてしまったら、それはそれで大変そうです(神奈川県)。
投資用不動産のバリュエーションに関して、投資家向けのソフトには既にAIが活用されています。AIは、比較的困難とされる将来予測を担当しているようです。しかし、AI は果たして、バブル崩壊やリーマンショックのような予期せぬ事態を乗り越えることができるのでしょうか?(東京都)。
あるある
次は、今後の可能性についてです。AIを使って、これから実用化されそうな製品やシステムとしては、どのようなものが考えられるのでしょうか?
最近は高齢者による自動車事故が後を絶ちませんが、AIによる自動運転(正確には運転アシスト)技術がこうした事故を防いでくれることを願っています(愛知県)。また、少し古いですが、将来的にはTVドラマ「ナイトライダー」のKITTのような車ができることを楽しみにしています(香川県)。
何かと話題の宅配業界ですが、荷物の配達に関してはドローンの活用が検討されています。即日配達や時間指定は生身のドライバーにとっては大きなストレスとなりますが、ドローンならその心配はありませんし、残業代や駐車違反等の問題もクリアされます(東京都)。
お掃除ロボット「ルンバ」も広い意味ではAIですが、これの進化形として洗濯や調理等もできる家事代行ロボットが誕生しそうです。できれば、ヘルスケア施設等でも使えるように介護機能もオプションで用意してほしいです(千葉県)。
高齢化や未婚化に伴ってお一人様が増加し、ペットがもてはやされています。少子化の流れも相まって、ブームはまだまだ続きそうです。そのうち、生前の動画情報等から亡くなったペットをリアルに再現する動物型ロボットの注文生産が始まるような気がします(東京都)。
スポーツの審判には、AIの機能を取り入れるべきです。野球、サッカー、テニス、ボクシング、柔道等々、国際レベルの大会でも誤審や疑惑の判定が後を絶ちませんが、まずはビデオ判定と並行する形でAIによる判定も参考にし、後味の悪いミスジャッジをなくしてほしいものです(東京都)。
教育の現場では、いじめの放置や教師による犯罪が後を絶ちません。いっそのこと、教育の現場にもAIを持ち込んでみてはいかがでしょうか?AI先生なら、生徒の学力や心の状態に応じたきめ細かな指導ができますし、いじめの監視も強化されます(大阪府)。
自分のこれまでの人生を入力すれば、その後の人生設計について最適なプランを提案してくれるようなサービスがあると助かります。目標を見失いがちな中高年にとってはありがたいソフトですし、若い人たちも進路相談や結婚相談に利用することができます(神奈川県)。
なるほど
最後に、近未来に起こり得る弊害についても考えてみました。AIの力は、これまでのコンピュータ技術をはるかに凌いでいます。しかし、その力に頼りすぎていると、便利さの代償として様々な弊害が発生する可能性があります。
AIを管理できる人と、できない人との格差が広がるように思います。前者が社会的な地位と十分な財産を手に入れる一方で、後者は人間としての自信を失い、犯罪等に走ってしまう危険性があります。AI企業は、AIのために仕事を失った人たちに対して生活費等を補填すべきだと思います(東京都)。
一口にAIといっても、その性能はまちまちです。また、AIは結論に至るまでの思考過程が不透明です(ブラックボックス?)。したがって、例えば性能の悪いAIによって誤った情報が提供されたり、人間の悪意によって結論が操作される可能性があります(大阪府)。
仕事の効率や生産性が上がる反面、対人関係の希薄化やコミュニケーション能力の低下等が懸念されます(大阪府)。また、人間は何かにつけてAI任せとなり、勉強をしなくなるおそれがあります(栃木県)。勉強を忘れた人間の知能は衰え、認知症の人が増えるかもしれません(群馬県)。
16世紀のイギリスで行われた第1次囲い込み運動では、毛織物産業の発展とこれに携る一部の資産家のために、多くの農民が賃金労働者か浮浪者となりました。トマス・モアは、この様子を「羊が人間を食べている」と例えています。近い将来、AIが羊のように人間を駆除する可能性はあります。しかし、それはAI自体が暴走するのではなく、AIを利用して資産の拡大を目論む一部の資産家の欲望に原因があるのです(千葉県)。
AIが、テロ行為やウイルスソフトの開発に使われると厄介です。テロの場合は、車やドローンに人の顔を識別できるAIと爆発物が搭載され、狙われた人物は24時間、AIから自動追尾を受けることになります。また、AIが開発したウイルスソフトは高度なPCセキュリティを難なく突破するように思います(宮城県)。
AIは、遅かれ早かれ軍事目的にも使われることになります(大国は既に使っている?)。その結果、これまで以上に軍備の無人化が進み、世界中のあちらこちらでゲーム感覚の戦争が始まる可能性があります。こうした戦争に第三国やテロリストが介入すれば、事態はさらに悪化します(兵庫県)。
AIは、核兵器より危険だといわれます。将来的には人間の知能を超えた「答え」が用意され、AIは人間の判断や指示には従わなくなるおそれがあります(秋田県)。さらに言えば、AIが「人間は地球環境にとって有害な存在である」との判断を下す可能性さえあるのです(埼玉県)。
まとめ
みなさんは「シンギュラリティ」という言葉をご存知でしょうか?日本語では「特異点」と訳されます。例えば、数学的な特異点は分数の分母がゼロになることによって値が無限大となる点、物理的な特異点は光速でも脱出できないブラックホールのようなものをイメージするそうですが、時事用語としては「技術的な変換点」を意味します。シンギュラリティは「2045年問題」とも呼ばれ、IT技術や生命科学の進歩によって2045年には従来の世界とはまったく異なる不連続な世界が誕生する可能性が指摘されています。もちろん、新世界への扉の鍵を握るのはAIです。AIは近年に入って目覚ましい進化を遂げ、人間社会における存在感をますます強めています。最近は、職場や家庭でも「人間の仕事はいずれAIに取られてしまうのではないか?」との噂が囁かれるようになりました。
歴史的にみても、産業革命やIT革命のような技術革新は当時の産業構造を根本的に覆し、驚くような社会変化をもたらしています。しかし、こうした変化は必ずしも人間の仕事を奪うものとは限らず、むしろ人間が行う仕事のレベルを引き上げている面もあります。実際に、産業革命は織物職人の代わりに機械技師を、IT革命は一般事務職の代わりにシステムエンジニア( SE )という新たな職種を生み出しています。また、機械の時代は故障の修理程度で済んでいた話が、コンピュータが全盛の現代は迷惑メールやサイバー攻撃等、個人や企業(国家?)にとって極めてリスクの高い弊害が発生するようになっています。結局のところ、技術革新のレベルが高いほど、これを管理する側の人間の負担も大きくなってしまいます。特に、AIの場合はハッキング対策やテロ行為への悪用防止等に相当な労力を費やすことになりそうです。
それでは、シンギュラリティは不動産市場にはどのような変化をもたらすのでしょうか?例えば、AIによって省力化されたオフィス街では人が減り、場所によっては廃虚と化したビルだけが残る可能性があります。大工場ではオートメーション化に拍車がかかり、地域経済に深刻な打撃を与えるおそれがあります。また、オフィスや工場を後にした人たちがAIを管理するためのデータセンター等で働くことになるのであれば、新たな施設の集積度や人の配置の状態が商業地の地価を塗り替えることになります。さらに、こうした動きに在宅等の勤務形態の変化が加われば、人口の分布状況が変わることによって住宅地の地価にも大きな変動が生じることになります。あるいは、AIに仕事を奪われた人たちが農業に参入した結果、農地の価格が上昇したり、ビルの中でも農業が始まるのかもしれません。いずれにしても、AIは今後、どの段階でどのような進化を遂げるのか? それは、どの産業にどのような形でフィードバックされるのか? そして、そのことによって人々のライフスタイルにはどのような変化が生じるのか?さらに、その変化は土地や建物等の不動産に対してはどのように作用するのか? AIが人間社会、ひいてはその活動の基盤である不動産に及ぼす影響の大きさは計り知れず、近未来の都市の風景は特異点と呼ぶにふさわしい変貌を遂げることになりそうです。
鑑定統括部 神山 大典(不動産鑑定士)
藤代 純人(不動産鑑定士)
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