実務で用いる各種利回りの再確認

 金融や不動産の世界では、キャップ(レート)という言葉がよく使われる。簡単に言えば「利回り」のことであるが、一口に利回りといっても、その種類や性格は多岐にわたる。還元利回り、期待利回り、取引利回り、粗利回り、NOIcap、NCFベース、DCF法における割引率と最終還元利回り等々、それぞれの利回りの意味や性格をきちんと把握しないで議論をしていると思わぬ誤解を招くことになる。

粗利回りと純収益利回り

 投資物件(賃貸物件)の利回りは、まず最初に粗利回り(グロス)と純収益利回り(ネット)に大別される。

 粗利回りとは、年間賃料収入に対して投資家がどの程度のリターンを求めているのかを示す指標であり、純収益利回りとは異なり、物件の運営に必要な費用等は考慮されていない。粗利回りは、運営費用が定量的に把握しやすいアパートやマンションの利回りとしてはそれなりに有効であり、不動産業者のマイソク(物件のチラシ)に記載されている利回りはこの粗利回り(表面利回りともいう)である。わかりやすい反面、稼働率や修繕費等のリスクがキャッシュフローに反映されていない点で、純収益利回りに比べれば精度は劣る。

還元利回り~NOIcapとNCFベース~

 以下の議論では、すべて純収益利回り(ネット)を前提とする。すなわち、賃料収入から運営費用等を差し引いた純収益に対応する利回りの話である。金融機関や不動産の評価会社では、この純収益利回りを用いて収益価格を査定する。

 よく勘違いされるのは、NOIcapとNCFベースとの違いである。どちらも純収益を還元の対象とする利回りではあるが、NOI(償却前純収益)には敷金等の運用益とCAPEX(大規模修繕積立金)が加減されていない。NOIcapも利回りのデータとしてはそれなりに出回ってはいるが、収益計算に多大な影響を及ぼすCAPEXを考慮していない点で大型の不動産の評価には不向きであろう。アセットマネジャーも、敷金等の運用益は考慮しないが、CAPEXは考慮する。また、最近の建築費(修繕費を含む)の高騰を考えれば、やはりNCFベースの利回りで議論をしたほうが間違いはない。

還元利回り~期待利回りと取引利回り~

 期待利回りとは、投資家が不動産に対して期待する利回り、すなわち、不動産の購入価格に対して何%のリターン(純賃料)を期待しているのかを意味する利回りである。一方、取引利回りとは、投資家の期待とは別に、実際の市場で不動産がいくらで取引されたのかを示す利回りである。

 例えば、投資家が不動産に対して8%のリターンを期待したが、実際は7%で取引されたとすると、この不動産は投資家にとっては少々高い買い物だったことになる。景気の上昇局面においては、入札方式の普及等により、取引利回りは期待利回りよりも低くなる傾向がある。言い換えれば、期待利回りが期待ベースの「事前の利回り」であるのに対し、取引利回りは最終的に取引が成立した結果としての「事後の利回り」ということである。

鑑定評価における還元利回りと期待利回り

 鑑定業界では、還元利回りは価格を求める手法である収益還元法において純収益を割り戻す利回り、期待利回りは賃料を求める手法である積算法において基礎価格に乗じて純賃料を査定する利回りである。どちらも元本(価格)と果実(賃料)との相関関係を示す利回りであることに変わりはない。

 長らく問題だったのは、還元利回りが原則として減価償却費を含まない償却前の純収益に対応する「償却前の利回り」であるのに対し、期待利回りは必要諸経費等に減価償却費を含む償却後の純収益(純賃料)に対応する「償却後の利回り」だったことである。昨年の基準改正で、必要諸経費等に減価償却費を含めなければ期待利回りについても「償却前の利回り」として用いることが認められたが、この減価償却費に対する取扱いの違いが長年にわたって還元利回りと期待利回りとの比較を困難なものとしてきた。また、継続賃料の評価においても、必要諸経費等の中に減価償却費が計上され、その査定方法次第で結論が大きく異なるという問題がある。

 そもそも、減価償却費を収益計算に含めるべきではない理由は、①減価償却費は現金支出を伴わない会計上の費用であり、キャッシュフローを重視する現代の収益計算には馴染まないこと、②対象不動産の規模が大きい場合、償却費は定額法・定率法等の償却方法の如何や建物の耐用年数の設定の如何によってブレ幅が大きく、適正な収益計算が阻害されること、の二点である。今後、償却費については選択適用ではなく、完全に計上しない方向で議論を進めてほしいところである。

DCF法における割引率(DR)と最終還元利回り(TCR)

 まず、利回りが賃料収入に対する「インカム収益率」であるのに対し、割引率は保有期間中の賃料収入と保有期間満了時の出口価格の双方に対するいわば「総合収益率」である。すなわち、利回りが単に稼働中の不動産に対するリスクを示す指標であるのに対し、割引率は不動産の開発段階から出口戦略に至るまでのあらゆるリスクを含む率(IRR)であり、本来は土俵の異なる両者を単純に比較することはできない。

 現在のDCF法では、割引率は直接還元法の還元利回りや、同じDCF法の最終還元利回りよりも低く設定されることが多い。これは、割引率は単に保有期間中のキャッシュフローだけに対応し、出口のリスクは最終還元利回りで考慮しているとの考え方によるものであろう。

 また、最終還元利回りは、直接還元法における還元利回りを将来時点にスライドさせたものであり、リスクを把握する時点が将来に伸びる分、還元利回りに対して不確実性等のスプレッドが加算されるのが通常である。ただし、短期間での転売によりキャピタル・ゲインを目論むようなケースでは、少なくともアセットマネジャーの計算では両者の大小関係は逆転しているはずである。

鑑定統括部 藤代 純人(不動産鑑定士)


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