不動産鑑定士で創価大学法学部の教員の松田佳久です。今回も前回(借地借家法の保護を受ける土地賃借権、すなわち、借地権であることの判断と借地権の価値は借り得によって生み出されているか)の続きです。
1.借地権判断のこれまでの振り返り
評価対象が、土地の賃借権である場合、借地借家法の保護を受ける賃借権であるかどうかにつき、前回を振り返ります。
前回は借地権であるとしても、一時使用のものである場合には、通常の借地権のように存続保護されませんので、借地権が早期に消滅しますし、経済的価値はほとんど認められないものと思われますが、一時使用であるか否かの判断はとてもむずかしいものがありました。その点を複数の裁判例で確認してきたところです。
今回は、まずは、一時使用ではない借地権であることが判断された場合に、その第三者対抗力の及ぶ範囲について若干検討し、鑑定評価の手法についても見ていきたいと思います。
2.借地権の対抗力の及ぶ範囲
(1)借地借家法10条1項の対抗力
借地権の第三者対抗力を借地借家法10条1項(借地権は、その登記がなくても、土地の上に借地権者が登記されている建物を所有するときは、これをもって第三者に対抗することができる)で得ている場合に、建物登記記録には借地権の対抗力の及ぶ範囲が明記されておりません。そのため、たとえば、広い土地を賃借し、その一部にのみ建物が存する場合、どこまで建物登記による借地権の対抗力が及ぶかにつき、鑑定評価を実施する鑑定士は判断をしなければなりません。
そして、その判断は判例からしますと、個別的に借地契約の内容・当事者の意思・借地の目的・使用状況・土地の筆数・建物と土地の位置関係等の諸事情によって判断するとされています。
たとえば、1筆上に建物があり、他の1筆には建物がなく、それら土地は一体利用されている場合、当該2筆全体に借地権の対抗力が及ぶと捉えることができるということになり、反対に、建物のある1筆でのみ利用目的が完遂できる場合は、他の1筆には借地権の対抗力は及ばず、新地主に対抗できないものとなりそうです。
(2)裁判例
裁判例を見てみましょう。①は一つの土地を建物の敷地と庭として利用していた事案で、借地権の対抗力が庭の部分も含めて土地全体に及んでいるのに対して、②は、少し複雑な事案で、建物の存する土地と庭は別個の所有者の土地であって、しかも賃借しているのは庭のある土地の方であり、建物のある土地は使用貸借という事案です。賃借土地の上に借地権者名義の建物登記があってこそ対抗力を得られるものであるとの判断をしているとも取れますし、庭として利用している他人所有の隣接土地については、対抗力は及ばないと判断しているとも取ることのできる裁判例だと思います。
① 東京高決平成8年12月3日判タ960号284頁
本件賃借人は、本件借地を本件建物の敷地及び庭として使用してきたものであるから、本件借地権の効力は本件借地の全体に及ぶものと認めるのが相当であるとし、かつ、本件抵当権の効力は本件借地権に及ぶから、本件賃借人が本件抵当権設定後に新築した件外建物の敷地利用権は、本件建物の抵当権者である抗告人及び本件建物の競売による買受人に対抗することができないとしています。つまり、抵当権は本件借地権全体に及び、第三者対抗力を有していることを示しています。
② 最判昭和40年6月29日民集19巻4号1027頁
甲所有の土地を無償で借り受け、同土地上に居宅を所有する者が乙所有の隣接土地を居宅の庭として使用することを目的とする土地賃貸借は、乙所有土地につき対抗力を有しない。
3.裁判例から見た借地権の鑑定評価
(1)借地権価格算出における鑑定評価基準(借地権の取引慣行の成熟の程度の高い地域)
借地権の取引慣行の成熟の程度の高い地域における借地権の鑑定評価につき、鑑定評価基準では、借地権及び借地権を含む複合不動産の取引事例に基づく比準価格、土地残余法による収益価格、当該借地権の設定契約に基づく賃料差額のうち取引の対象となっている部分を還元して得た価格及び借地権取引が慣行として成熟している場合における当該地域の借地権割合により求めた価格を関連づけて決定する、とあります。
では、実際の鑑定評価はどのようにやっているのでしょうか。以下、裁判例を見ていきましょう。
(2)裁判例
かならずしも鑑定評価基準が提示する全ての手法を実施しているものではなく、事案や鑑定士の判断によって適用する手法が異なっています。なお、裁判例では、「借り得」を基に算出する差額賃料還元法の適用を裁判官が認めていますので、裁判官は「借り得」によって借地権価格が生み出されているとの理屈を容認しているのかもしれません。
① 東京地判令5・1・13LEX/DB25597739
借地権の正常価格について、取引事例比較法、賃料差額還元法、借地権割合法及び借地権残余法を適用しており、鑑定評価基準どおり実施しています。
なお、裁判官は、市場の取引水準を反映した実証性が高い比準価格と売買の目途にされることが多い借地権割合法による価格を重視し、理論的な試算価格である賃料差額還元法の価格と借地権残余法の価格を比較考量して決定すべきだとしています。
② 東京地判令2・7・31LEX/DB 25585821
取引事例比較法、賃料差額還元法のみ適用しています。
③ 東京地判令元・6・10LEX/DB 25580743
借地権割合による価格(1,260万円)と収益価格(1,170万円)を関連付け、賃料差額還元法による価格(1,090万円)を比較考慮しています。
④ 東京地判平30・5・15LEX/DB25553696
取引事例比較法、賃料差額還元法、借地権割合による価格を採用しています。
4.賃料差額還元法の適用で差額の何割を還元しているか?
ここでは、「借り得」が現れる手法である賃料差額還元法につき、差額の何割を還元しているかにつき、裁判例を見ていきます。
① 東京地判平31・2・5判例地方自治460号77頁
借地権は半永久的に存続するものとみなし、直接還元の方法により試算価格を求めることとし、資本還元の基礎を地代差額の90%を資本還元しています。
② 東京地判平26・8・26LEX/DB 25521266、東京地決平15・9・30LEX/DB 28092788
宅地の正常実質賃料相当額から実際支払賃料を控除して得た額(借地人に帰属する経済的利益=差額地代の100%)と、借地権が存続すると期待される期間とによって、当該期間を通じて借地人が受け取ることのできる総体としての経済価値の現価を求め、賃料差額還元法による価格と査定しています。
③ 東京高判平13・12・20金融・商事判例1134号13頁
借地の正常賃料がおよそ年間3,962万円から4,200万円程度と考えられるのに対して、実際賃料がこれを大きく上回る年間5,470万8,732円(455万9,061円×12か月)であるため、賃料差額が存在しないこととなり、借地権価格は発生していないこととなるとしています。
まとめ
裁判例では差額が発生していない事案もありますが、「借り得」のある事案では、裁判官は「借り得」を基に借地権価格を算出する手法である賃料差額還元法の適用を認めており、差額(借り得)の90%以上の資本還元を認めています。
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