不動産鑑定士で創価大学法学部の教員の松田佳久です。今回は今年6月に成立した「事業性融資の推進等に関する法律」(2024年6月14日交付、2026年12月までに施行)の内容について見ていきます。
法律の目的と概要
この法律は、事業者が、不動産担保や経営者保証等によらないで、事業の実態や将来性に着目した融資を受けやすくすることを目的としています。
有形資産に乏しいスタートアップや、経営者保証により事業承継や思い切った事業展開を躊躇している事業者等の資金融資を円滑化するため、無形資産を含む事業全体を担保とする制度がこの法律によって創設されました。この制度に基づく担保権を企業価値担保権といいます。
この制度を活用する場合、債務者の粉飾等の例外を除き、経営者保証の利用が制限されます。
また、企業価値担保権者には、新たに創設する信託業の免許を受けた者がなることができます。企業価値担保権の設定に伴う権利義務に関する適切な理解や取引先等の一般債権者保護等、担保権の適切な活用を確保するために、このような免許制になっています。
担保権実行にあっては、抵当権の実行などのように、土地とその地上建物が競売され、買受人は競落した建物を取り壊して土地を更地化し、競落前とは別の用途に供する等という、実行後の利用方法はあくまでも買受人次第といったものではなく、現在の事業そのものを買受人企業が引き継ぐというものです。ですから、原則として労働者も引き継がれますので、労働者は職を失うことが極力ないように考えられています。買受企業も買受対象企業が有していた許認可も引き継ぐ形となります。
実行においては、企業価値を損なうことがないように商取引債権、労働債権等の事業継続に不可欠な費用を優先的に弁済され、事業譲渡の対価が融資の返済に充てられます。
価値評価
企業価値担保権の設定されている企業の担保価値の評価としては、その企業の事業内容や将来性も評価することになります。具体的には、経営や営業ノウハウ、顧客基盤等の無形資産も担保として認識され、無形資産を含む事業全体の事業価値が担保価値ということになります。とはいっても、やはり有形資産である土地、建物、機械設備等といった価値もきちんと把握する必要がありますので、その点で、不動産鑑定士の役割は大きいものと思います。信託業の免許を取得した金融機関は不動産鑑定士の有形資産における評価(企業収益に基づく収益評価も含む)をベースにして、そこに金融機関における無形資産評価が付加されるものと思われます。
企業価値担保権の担保価値は経営者の経営方法によっても左右されますので、事業経営に対する企業価値担保権者たる金融機関の関心が高まり、時機を得た経営改善支援が期待されます。
企業価値担保権の設定
設定にあたっては、信託免許を有する金融機関と企業価値担保権信託契約を締結し、それにしたがうことになります(法8条1項)。私は、おそらくほとんどの銀行がこの免許を取得するものと思っております。信託契約においては、債務者を委託者とし、企業価値担保権たる金融機関を受託者とします(法6条3項)。
そして、会社の総財産(総財産には、将来会社の財産に属するものとされているものも含まれます)を一体として企業価値担保権の被担保債権の目的とする(法7条1項)わけですが、取締役会の決議等によってすることができます(法10条)。いちいち株主総会を開いて決定する必要はありません。そして、設定は債務者たる会社の商業登記簿に登記され、これにより効力が生じます(法15条)。
実行手続
債務者たる会社が債務不履行になった場合に担保権を実行することができるわけですが、企業価値担保権者が管轄の地方裁判所に申立てをします(法61条、83条1項等)。裁判所は事業の経営等を担う管財人を選任します(法109条1項、113条1項等)。そして、事業の継続等に必要な商取引債権や労働債権等(給料債権等)を優先して弁済します(法93条2項、127条、129条等)。
管財人は、事業の経営等をしながら、スポンサーへ事業譲渡をします(法157条1項等)。事業譲渡の際には、裁判所の許可を得ます(法157条1項、4項、159条等)。
管財人は事業譲渡の対価から企業価値担保権者たる金融機関の被担保債権に配当します。また、一般債権者等のために、事業譲渡の対価の一部が確保されます(法166条等)。
債務者による使用、収益及び処分
企業価値担保権の債務者たる会社は、企業価値担保権設定後も、担保目的財産の使用、収益及び処分をするなどして事業の継続ができます(法20条1項)。ただし、重要な財産の処分、事業の全部または重要な一部の譲渡等の場合には、すべての企業価値担保権者の同意が必要です(企業価値担保権は複数設定でき、設定年月日の先後により順位が決まります)(法20条2項)。
すべての企業価値担保権者の同意を得ないで処分等をした場合、その処分は無効となります(ただし、この無効をもって善意かつ無重過失の第三者には対抗できません)(法20条3項)。
優先弁済債権
実行手続において優先弁済される債権は、実行手続開始前6月前の債務者たる会社の従業員の給料債権等です(法128条、129条)。
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