場所的利益について

 不動産鑑定士で創価大学法学部の教員の松田佳久です。今回は、借地借家法で規定されている建物買取請求権が行使された時の建物評価に関連する場所的利益について見ていきます。

借地借家法における建物買取請求権と建物の時価

 借地借家法では2つの建物買取請求権を規定しています。ひとつには、同法13条1項に規定されている、借地権者であった者からの買取請求です。借地権の存続期間が満了した場合において、契約の更新がないときは、借地権者であった者は、借地権設定者である地主に対して、建物その他借地権者が権原により土地に附属させた物を時価で買い取るべきことを請求できます。
 もうひとつは、同法14条に規定している第三者からの買取請求です。これは、第三者が賃借権の目的である土地上の建物その他借地権者が権原によって土地に附属させた物を取得した場合において、地主が賃借権の譲渡または転貸を承諾しないときに、その第三者が、地主に請求するものです。 
 いずれの場合も、建物の時価を算出する必要があります。しかし、借地借家法の条文には、建物の時価とはなっておらず、「借地権者が権原によって土地に附属させた物」となっています。もちろん、建物の時価の算出は必要ですが、建物以外の物の時価の算出も必要です。これは、建物と客観的関連性を有する物であり、建物と必要不可欠の関係にある物(例:門、塀等)、建物の使用に一般的便益を与える物(例:上下水道設備、都市ガス管、防火施設等)が考えられますが、借地権者であった者の所有に属している必要があり、土地の構成部分でないことが必要です。

価格時点はいつ?

 建物買取請求権は、形成権と解されています。形成権とは、権利者の一方的意思表示によって、一定の法律関係を変動することができる私権をいいますが、具体的には、借地権者であった者等から地主に対して建物買取請求権が行使されますと、行使の時点(請求権行使の意思表示が地主に到達した時点)に当事者間で売買と同様の効果が生じます。よって、建物等の時価算出の価格時点は建物買取請求権行使時ということになります。

求めるべき価格と不動産鑑定評価基準

 適用する不動産鑑定評価基準(以下、鑑定基準という)としては、各論第1章第3節Ⅰ「建物及びその敷地が一体として市場性を有する場合における建物のみの鑑定評価」、つまり建物の部分鑑定評価になると思います。
 借地権はすでに消滅しています(借地借家法14条にあっては、地主の承諾がない以上、借地権は買取対象になりません)ので、鑑定基準の各論第1章第2節Ⅲの「借地権付建物」として評価をすることはできません。
 よって、評価の方法は、建物の部分鑑定評価として、「積算価格を標準とし、配分法に基づく比準価格及び建物残余法による収益価格を比較考量して決定」します。また、「複合不動産価格をもとに建物に帰属する額を配分して求めた価格を標準として決定する」こともできることになります。

求めるべき建物等の時価には場所的利益も含まれる

 求めるべき建物等の時価とは、建物自体の時価はもちろんのこと、最判昭和35年12月20日最高裁判所民事判例集14巻14号3130頁は、借地権の価格は包含しないが、場所的利益も参酌すべきとしています。その理由として、特定の建物が特定の場所に存在するということは、建物の存在自体から当該建物の所有者が享受する事実上の利益であり、また、建物の存在する場所的利益を考慮に入れて当該建物の取引を行うことは一般取引における通念だとしています。
 さらに、場所的利益を一切考慮しないことは、借地権の物権化の社会経済事情とは根本的に対立するものであり、不動産競売においても場所的利益が考慮されている現状がある点を挙げています。
 では、場所的利益とは具体的に何なのでしょうか?
 ヒントになるものとして、大判昭和7年6月2日大審院民事判例集11巻13号1309頁は、「土地の上にある建物その他の物件の現状において有する価格を標準とし、取り壊した動産として評価したりまたは土地使用権の価格を加算してはならない」とし、東京控判昭和11年6月15日法律新聞4024号16頁が、「現状において有する価格」とは、「地上建物の現状における利用価格であって、敷地の利用を考慮に入れなければならない」と判断しました。この判断は、その後の判例や裁判例で多数判示されています。つまり、土地使用権といった権利(例:地上権、賃借権、使用貸借権等)はないけれども事実上土地を使用しているその使用価値だと思われます。

場所的利益の算出方法

 最判昭和47年5月23日判例時報673号42頁は、敷地の借地権価格に単純に一定割合を乗じる方法を否定し、収益還元法のみに依拠した算出方法(横浜地判昭和41年12月24日判例タイムズ205号166頁)も否定しています。そして、建物およびその敷地、その所在位置、周辺土地に関する諸般の事情を総合考慮して算出するものとしています。しかし、その後の下級審では、便宜上、割合方式を採用しているものもあります。東京地判平成3年6月20日判例時報1413号69頁は更地価格の12%、東京高判平成8年7月31日判例時報1578号60頁は更地価格の10%、東京地判平成30年3月29日LEX/DB25553781も更地価格の10%としており、割合方式で算出する場合のその割合は、更地価格の10%前後ということになるのかもしれません。

鑑定評価上の留意点

 建物を部分鑑定評価で評価する場合、「求めるべき価格と不動産鑑定評価基準」で示した鑑定基準によれば、部分鑑定評価では場所的利益は勘案されません。なぜならば、場所的利益は、土地所有権に内包するものとして考察され、土地を部分鑑定評価するならば、土地の価値の一部として表示されることになるからです。
 そこで、鑑定基準に基づいて算出された建物の部分鑑定評価に場所的利益を評価する方法を加味しなければなりません。
 その算出方法は、「場所的利益の算出方法」で記載したように、割合方式が多くなると思われます。しかし、前述したように、前掲最判昭和47年5月23日は、割合方式を否定しています。ただし、この判例は「最高裁判所民事判例集」未登載の判例ですので、一般化した判断ではないと捉えることもできそうです。そうであれば、割合方式で算出しても有効だということになります。


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