私の景気バロメーター

 不動産の鑑定評価に際しては、対象不動産の存する地域の動向や、土地と建物についての個別的な分析を行う前に、その前提として一般的な景気動向を把握すべきものとされています。
 それでは、不動産鑑定士は普段、新聞やテレビ以外ではどのような視点から景気の良し悪しを判断しているのでしょうか?
 「日本列島不動産鑑定士便り」第1回では、当社と業務提携関係にある全国の不動産鑑定士に「景気のバロメーター」についてアンケート調査を行い、全国から寄せられた不動産鑑定士の意見を紹介します。

※ 本コラムは「ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.31」に寄稿したものを転記したものです。

ごもっとも

 まず、タクシードライバーに話を聞くという回答が相当数に上りました。ビジネスマンは、地方出張等でタクシーを利用する機会が多いはずです。ドライバーは乗客と直接話をすることもあれば、乗客同士の会話を耳にする機会にも恵まれています。したがって、各業界の生の声を耳にしているタクシードライバーの話からは貴重な情報が得られることが多いといえます。不動産鑑定士も、タクシードライバーを情報収集源のひとつとしているようです。

 次いで、繁華街における人通りの多さという回答も目立ちました(北海道他)。特に地方都市ではこの傾向が強く、地元を代表する繁華街の商況が地方景気の実態を反映している様子が伺われました。昼間の繁華街ではテナント賃料や空室率も参考になりますが(和歌山県)、特に夜の繁華街では帰りのタクシーや代行運転の待ち時間が貴重な判断材料となっているようです(富山県他)。
すなわち、商業地の中でも高度商業地である繁華街は特に景気の影響を受けやすく、その影響は繁華街の賃料や利回り、ひいては不動産価格にダイレクトに及ぶことから、不動産鑑定士は上記のような観点に敏感になっているのかもしれません。

 高額商品の動向も有力な指標となります。景気が良いと、スーパーでは果物等の高級食材が増えるとともに(大阪府他)、惣菜等の値引き品は比較的長く売れ残るようになるそうです(鹿児島県)。飲食に関してはファーストフードよりもレストランに客が集まり(三重県)、店によっては予約が必要になってきます(兵庫県他)。
 物販に関しては百貨店のディスプレイが華やかになるとともに(神奈川県)、ネットオークションでは入札件数が増加し、欲しい物がなかなか手に入らなくなります(大阪府)。
 ロードサイドでは新規の出店が増え(青森県他)、週末にはファミリーレストランや外車のショールームが多くの人で賑わうようになります(兵庫県)。同時に、街中では程度の良い外車とすれ違う回数が増え(千葉県)、バイク便を見かける機会も多くなります(東京都)。
 集客力の高いレジャー施設では値上げが行われ(東京都)、ヨットオーナーやマリンスポーツを楽しむ人も増えてきます(兵庫県)。
 このような時期には、新聞広告でも不動産や宝飾品等のチラシが目につくようになりますが、こうした商品が大衆向けスーパーのチラシに掲載されるようになると景気の山が近いとの指摘もありました(三重県)。
 一方、景気が悪い時は高額商品を目にする機会は少なくなります。スーパーでは、買い物かごの中の商品量が減ってレジでの滞留時間が短くなるほか(鳥取県)、試食品の提供量が少なくなるといったユニークな意見も寄せられました(神奈川県)。スーパー等の場合、業績の良し悪しはその店舗の賃料負担力に直結しているため、上記のような着眼点はその地域の賃料や地価に直接的に影響を及ぼす要因であるといえるでしょう。

あるある

 雇用関係に着目した回答も多数に上りました。製造業が中心の町では地元企業の有効求人倍率が参考になるほか(山口県)、建設現場における労働者の多寡も現場付近のコインパーキングの混み具合でわかるそうです(岡山県)。
 また、人材募集に対する人材確保の状況も大事です。需要はあるのに過度な好景気で従業員を確保できず、閉店に追い込まれた飲食店の事例も報告されました(鹿児島県)。また、これに関連する話として、景気が良い時はコンビニエンスストアのレジ係にアジア系の外国人が増えるとの指摘もありました(沖縄県)。

 交通量もポイントになります。早朝に幹線道路を走る車の量(栃木県)、高速道路における渋滞発生の頻度(千葉県)、週末の幹線道路や高速道路(SA)の混み具合(愛知県)、物流車両や宅配車両の多寡(大阪府)、主要都市間の移動において、トラックやダンプカー等の大型車が高速道路か、これと並行して走る国道のいずれを選択しているか(兵庫県)等の回答が寄せられました。
 また、交通量に関連する項目として、時間貸し駐車場の料金設定(宮城県他)や高速道路から見える広告看板の空き具合(大阪府)等が参考になるという意見もありました。なお、交通量に関しては、今後の物流施設の供給量にも注意が必要でしょう。物流施設に関しては、一部には供給過剰との声も聞かれますが、日本では天井高が5m以上でランプ(円形車路)付の大型物流センターは全体の5%にすぎません。アメリカや中国では、その割合は30~ 40%に達しています。
 不動産に関連する項目では、マンションデベロッパーの動きに着目した回答がありました(埼玉県他)。すなわち、景気が良いとデベロッパー間の素地取得競争が激化するため、土地を落札できなかったデベロッパーはやむを得ず、やや利便性の劣る地域でマンションを建て始めることになります。例えば、関東圏であれば、景気が良い時はデベロッパーが東京・神奈川方面から埼玉・千葉方面に食指を伸ばすようになります。

 他では、景気が良い時は春先の異動時期に合わせて例年よりも賃貸物件への問い合わせが増える(埼玉県)、工場労働者の多い町では賃貸アパートの空室率が参考になる(三重県)等の回答がありました。

 我々の仕事である不動産鑑定にも景気の動向が感じ取られる判断材料はあります。一般に、金融機関から新規融資や仲介目的の評価依頼が多い時は景気が良く、反対に担保処分やM&A関連の依頼が多い時は景気が悪いものです(愛知県他)。
 このほか、景気が良い時は不動産鑑定業界における求人が目に見えて多くなる(新潟県)、景気が良くなると資格試験の受験者が減少する(北海道)、景気が良いと地元の中小企業から保有する不動産の含み損や売却損を計上するための評価依頼が増える(福島県)等の回答がありました。

なるほど

 興味深い意見も多数寄せられました。例えば、専有面積が20~30坪程度のオフィススペースに対する引き合いの強さ、具体的には空室率と募集賃料の動向です(神奈川県)。これは、この面積帯に対する賃貸需要には中小企業の設備投資意欲がストレートに反映されるため、他の面積帯よりは景気の判断指標として優れていると考えることができるというわけです。

 景気が良い時は辛口の食べ物が流行するが、景気が悪い時は甘口の食べ物が流行する(埼玉県)、本屋の特集コーナーにおいて、景気が良い時は株や金融関係の本が増えるが、景気が悪い時は精神論の本が増える(三重県)等は、庶民的な感覚を反映しているように思えます。

 テレビ通販における婦人服の色合いに着目した回答もありました。具体的には、景気が悪い時は黒やグレー等の無彩色で組み合わせやすい色の服が多くなり、景気が良い時は色物やパステルカラーが多くなるというものです(徳島県)。テレビの場合、番組自体は数ヵ月前から企画されることが多いので、服の色合いには時々の編集者の景気予測が反映されていることになります。
 また、洋服に関しては、景気が良いと百貨店等で紳士服売場が拡充されるとの指摘もありました。確かに、毎年スーツを買うサラリーマンは少ないでしょう。世間一般に不景気といわれる時期よりは、好景気に浮かれている時期のほうがスーツ等は買いやすいものです。カバンも同様で、景気が良い時は雑誌等で紹介されたカバンはすぐになくなってしまうようです(香川県)。カバン屋の店主の話では「男性は本能的にカバンが大好きで、こだわってしまう」そうです。皆さんはいかがでしょうか?

 少し変わったところでは、景気が良いと草野球チームが増えるという回答がありました(群馬県)。景気が良い時は仕事もそれなりに忙しくなるものですが、休日に限ればアウトドア志向が強まるため、ゴルフ等に比べれば手軽に楽しめる草野球が流行るそうです。確かに、週末の草野球で仲間と一緒に汗を流す人々の姿からはポジティブなライフスタイルが感じられ、景気と無関係ではないようにも思われます。

 名門ゴルフ場の会員権価格も参考になります(東京都)。株や投資用マンションとは異なり、投資マネーの動向に左右されにくい点で景気の判断指標としては比較的安定しているといえます。

 最近何かと話題のヘルスケアに関しては、景気が悪い時は病院の待合室で患者数が減るという回答がありました(石川県)。これは、不景気で財布のひもが固くなり、サロン代わりに病院に来るお年寄りが減るとともに、若者もちょっと風邪をひいたくらいでは病院には行かなくなるからという理由です。

 他では、テレビ番組「サザエさん」の視聴率が高い時は景気が落ち込んでいる(三重県)、景気が良い時は美容院や理髪店のメニューが多様化する(大阪府)、忘年会は景気に関係なく行われるが、景気が悪いと新年会は行わず、忘年会のみで済ませる企業が増える(福岡県)等の回答がありました。なお、「サザエさん」に関しては、景気が悪いと家族世帯が日曜の夕方に外出することが少なくなるため、視聴率は結果的に高くなるというわけです。

まとめ

 以上、景気の判断指標に関して、全国の不動産鑑定士から多種多様な意見が寄せられました。
 不動産鑑定士が求める価格は、基本的には正常価格です。正常価格の概念は、以前は「あるべき価格」でしたが、現在は「あるがままの価格」とされています。すなわち、正常価格とは現実の不動産市場における取引の実態を前提とする価格であり、この点で不動産鑑定士には市場に多大な影響を及ぼす一般的な景気動向にも精通していることが求められています。
 実際の評価に際して、不動産鑑定士は土地価格や賃料・空室率・利回り等の査定に当たって多数の事例を収集し、調整の上、数値を決定します。しかし、現実の取引には個別的な事情が含まれていることが多いですし、取引が事例として認識されるまでのタイムラグの問題もあります。このため、多数の事例を分析する前提として、不動産鑑定士は価格や賃料等の水準について自分なりの相場観を形成しておく必要があります。そして、不動産鑑定士はこの相場観を微調整するために、実際の事例以外にも自分なりの判断基準で足元の景気動向を探っているのです。
 また、最近の不動産市場では二極化現象が顕著です。中小規模の物件が景気の波をまともに受けるのに対し、証券化の対象となるような大型物件は景気の影響を受けにくいと考えることもできます。しかし、景気の影響で企業業績が悪化すれば、賃料の下落圧力が強まる点には注意が必要でしょう。時期的にも、自分なりの判断基準で景気を先取りすることの重要性はますます高まっているといえるでしょう。

鑑定統括部 神山 大典(不動産鑑定士)
藤代 純人(不動産鑑定士)



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