お陰様で、当コラムも2回目を迎えることができました。今回は、国内経済に多大な影響を及ぼしている訪日外国人観光客の動向にスポットを当て、インバウンド市場の現状や今後の課題等について当社と業務提携関係にある全国の不動産鑑定士にアンケート調査を行いました。
政府の公表データによれば、訪日外国人観光客数は順調に増加を続けています。特に、昨年( 2015年)は前年比47%増の1,970万人と大台である2,000万人に迫る勢いでした。これを受けて政府は今年3月、訪日外国人観光客数の政策目標を2020年に4,000万人、2030年は6,000万人へと大幅に上方修正しています。また、昨年の結果を分析すると、約7割が初訪日であった中国人観光客の訪問先がゴールデンルート(東京→富士山→京都→大阪)に集中しているのに対し、韓国や台湾・香港等からの観光客にはリピーターが多いのが特徴で、訪問先も北海道や九州・沖縄地方等に分散しています。このようにリピーターの増加は地方への関心を高め、地方経済を活性化することが期待されています。
ところで、「爆買い」という言葉を耳にするようになってからどれくらいが経つでしょうか?テレビのニュースではその様子が大々的に報道され、街中を歩けば中国語が飛び交い、家電量販店やシティホテルでは係員が当たり前のように中国語を話しています。しかし、今年は春先からこうした状況に変化が見え始めています。原因は、中国政府が輸入品に課す関税率を引き上げたことにあります。特に、腕時計等の高額品は税率が倍に跳ね上がり、銀座の百貨店からは中国本土の仕入業者が姿を消したとも言われます。4年後には東京オリンピックを控え、外国人観光客が増え続ける中、インバウンド消費は今後どのような方向に向かうのでしょうか?以下では、全国から寄せられた不動産鑑定士の意見を紹介します。
※ 本コラムは「ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.34」に寄稿したものを転記したものです。
ごもっとも
まず、「爆買い」の鎮静化を指摘する声が多数寄せられました。高額品以外では、家電製品等に大きな影響が出ている模様です。例えば、中国人観光客の多い北海道では、札幌を中心に家電量販店の新規出店が相次いでいましたが、最近はどの店舗も以前ほどの盛況感がありません(北海道)。また、広島の家電量販店でも半年程前までは小型家電等の「爆買い」対象商品を陳列していましたが、こうした商品は既に撤去され、現在は売り場も改装されています(広島県)。今後は消費単価の減少を消費者数の増加でどこまでカバーできるかが焦点となりますが、仮に物販業者の出店意欲が減退すれば店舗賃料の上昇にもブレーキがかかり、高度商業地の地価に影響を及ぼす可能性があります。
一方、「爆買いは終わった」との報道にもかかわらず、大阪の心斎橋では買い物目的の外国人を乗せた観光バスが後を絶ちません(大阪府)。また、福岡の博多駅前や天神地区でも相変わらず「爆買い」が続いています(福岡県)。これは、大阪や福岡では高額品よりも化粧品や消耗品等の日用品が「爆買い」の対象となっているため、総額的な点で関税引上げの影響が小さかったことが要因だと思われます。中国本土よりも韓国や台湾・香港等からの観光客が多い沖縄も同様で、免税店が建ち並ぶ国際通りは今も大勢の外国人観光客で賑わっています(沖縄県)。しかし、比較的好調な日用品も円高の影響で販売量自体は減少に転じており、全体としてモノに依存したインバウンドはピークを過ぎた感があります。
他方、大都市圏や有名観光地では相変わらずホテル不足の状態が続いています。最近はその周辺の地域でもホテルの稼働率が高まっているように、宿泊施設関連の不動産需要は今後も堅調に推移することになりそうです。しかし、今は活況に沸くホテルが、かつてのバブル経済崩壊後の観光地の旅館のように寂れてしまう可能性がないわけではありません。そう考えると、インバウンド景気の潮目の変化は、「爆買い」の動向よりも、こうしたホテルやホテル用地の取引価格に現れてくるのかもしれません。
あるある
次いで多かったのは、モノよりもサービスを重視した意見です。インバウンド効果は大都市圏に集中し、地方圏には波及していないのが現状です。しかし、今後は地方の特産品や、地方でしか味わえない祭事・伝統芸能・工芸等の「体験」を売り込み、地方にも外国人観光客を呼び込むことが重要になってきます(福岡県)。北海道でも、最近は北海道ブランドを活かした農作物の収穫、ウインタースポーツ、乗馬等のいわゆる体験型観光に注目が集まっています(北海道)。なお、地方の場合は各地に分散している観光スポットを何らかの形で関連づけ、新たな観光ルートを提案しなければなりませんが、こうした動きは地域の自治体が単独で取り組むのではなく、周辺の自治体が連携して広域的に行うことが重要です(宮城県)。また、新たな観光情報をインターネット等を使って相手国に向けて発信していく努力も欠かせません(埼玉県)。ただし、地方の隠れた観光名所にまで外国人観光客が訪れるようになると、日本人観光客は国内旅行から遠のいてしまうかもしれないといったジレンマも寄せられました(京都府)。
観光ルートの提案に当たって、インフラ整備は欠かせません。例えば、観光資源には恵まれていても、交通手段に乏しい東北・蔵王地方の現状は穴の開いた缶のようなものです(山形県)。高知県等も同様で、交通手段がネックで外国人観光客を見かけることはほとんどありません(高知県他)。一方、徳島県の県西部の地域は「秘境」を売りにしていますが、この地域にアジア系の観光客が多いのは国際線を有する高松空港へのアクセスが良いからです(徳島県)。つまり、「秘境」とはいえ、実は交通手段には恵まれているというわけです。また、岩手県では花巻空港と台湾との間でチャーター便が運航され、桜の時期には台湾からの観光客が大勢訪れています(岩手県)。確かに、アジア系の観光客の割合が全体の8割を超えているのは交通上のメリットが大きいのかもしれません。そうなると、今後も地方空港の民営化やLCCの誘致等を推進する必要がありそうです(兵庫県)。
交通網の次は、宿泊施設です。最近は、ホテル不足から民泊に注目が集まっています。しかし、今回の調査ではその弊害を指摘する声も寄せられました。例えば、ホテル不足が深刻な京都市内では、外国人観光客が泊まる場所を探して夜中に民家を尋ねて回っているそうです(三重県)。また、大阪では中国人観光客がマンションに民泊した際、建物内の共用部分でバーベキューを行って住民とトラブルになっています(大阪府)。他にも、騒音やゴミの後始末等に関するトラブル事例が多数報告されています。特に、マンションの場合は一室でのトラブルが原因で建物全体の資産価値が下がってしまう可能性があります(愛知県)。また、違法な民泊は住環境を悪化させるだけではなく、ホテル市場にも悪影響を及ぼすことになります(大阪府)。このように、民泊に関しては規制緩和と同時に、質を確保するためのガイドライン等の作成や事業者の支援育成等が急がれています。
なお、外国人観光客との間で発生する摩擦やトラブルは民泊に限った話ではありません。例えば、北海道の温泉旅館では、日本人観光客が外国人観光客で溢れる旅館を避けて他の宿泊施設を選ぶ傾向が見受けられます(北海道)。また、鎌倉や横浜・みなとみらいでは外国人観光客が路上や観光施設内の床に座って飲食をしたり(神奈川県)、京都では外国人観光客が子供をレンタサイクルのハンドル部分に座らせた状態で二人乗りをするなどの交通マナー違反が多くて危険であるとの苦言も寄せられました(京都府)。沖縄では、ホテル内における日本人観光客とのトラブルだけでなく、観光先における地元住民とのトラブルも増えており、このままでは傷害事件に発展しかねないことを懸念する声もありました(沖縄県)。もっとも、問題の種は外国人観光客ばかりではありません。観光地の周辺では、観光バスの違法駐停車が常態化して渋滞の原因となっていたり(埼玉県)、地方のバス会社が空のバスで東京に乗り入れ、浅草等で中国人団体客を相手に自車利用を売り込み、強引な運転で周辺を移動しているといった日本人側(日本企業側?)の問題行動も指摘されています(東京都)。
なるほど
個性的な意見もありました。例えば、プロ野球の西武ライオンズには昔から台湾出身の選手が多いのですが、西武ドームでは台湾からの観光客のために試合観戦ツアーが組まれています(埼玉県)。買い物に関しては、客船利用者は飛行機利用者に比べればはるかに多くの土産品を購入するので、首都圏でも海運の利用を推奨すれば「爆買い」的な消費はまだ伸びる余地があります(千葉県)。施設に関しては、日本アニメだけの巨大なテーマパーク等、世界中から注目が集まるようなレジャー施設の誕生が期待されています(愛知県)。投資に関しては、インバウンドの本格化に伴って海外資本が国内不動産を直接購入するようになると、景気の後退局面においてはリーマンショック時以上に地価を乱高下させるおそれがあります(京都府)。言語に関しては、日本人の英会話能力のレベルの低さは尋常ではなく、今後は国を挙げて会話力の向上を目指す必要があります(京都府)。訪日目的としては、一定の目的を持った長期滞在が可能な人たちを呼び込む施策、具体的には医療ツーリズムや農業移住等が考えられます(大阪府)。特に農業に関しては、日本は将来的にアジアの食糧庫となる可能性があり、若年層の農業離れをカバーする意味でも移住を促進する価値はあるように思われます。
不動産関連の意見も寄せられました。中国の不動産会社と提携して国内の不動産情報を定期的に配信すれば、「元」への不信感から資産の配置換えを目論む中国人投資家の需要を長期的に吸収することができそうです(兵庫県)。これに対する反対意見として、外国人が何の制限もなく自由に不動産を購入できる日本では、一定の制限を設けないと国土そのものが外国人の所有となり、国家の土台を揺るがす事態となりかねないことへの懸念も寄せられました(大阪府)。また、中国人が主体のインバウンドは今の日本経済にとってはいわば劇薬のようなものであり、薬が効いている間は痛みを忘れることができたとしても、いずれ薬なしではいられなくなる可能性があるといった厳しい指摘もありました(千葉県)。
まとめ
以上、インバウンドに関して全国の不動産鑑定士から様々な意見が寄せられました。「爆買い」の鎮静化は必ずしもインバウンド景気の後退を意味するのではなく、リピーターの増加に伴って消費の対象がモノからサービスへシフトしている側面もあります。今後は、免税店よりも観光ルートの提案や低廉な宿泊施設の整備が重要になってきます。大きなポイントのひとつである民泊に関しては法整備等が遅れており、このままでは住環境や治安を悪化させるおそれがあります。しかし、外国人には生活様式や慣習の違いもあります。外国人にしてみれば、母国でのいつもの立ち振る舞いを日本に来てもそのまま行っているだけのケースがほとんどでしょう。観光立国になるということは、そのようなことも踏まえた上で現実的に処する、ある程度の覚悟が必要なのかもしれません。
4年後の東京オリンピックに向けて、訪日外国人観光客数は今後もかなりのペースで増加することが予想されています。これを機に、現在は東アジアに偏っている国別観光客数を世界中に分散させるチャンスでもあります。政府が今年5月に決定した「観光ビジョンの実現に向けたアクション・プログラム2016 」には、政府の短期的な行動計画として多くの具体的な施策が盛り込まれています。観光立国の誕生に向けて、今後はより一層、官民一体となった取組みが期待されています。
鑑定統括部 神山 大典(不動産鑑定士)
藤代 純人(不動産鑑定士)
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