不動産鑑定士で創価大学法学部の教員の松田佳久です。今回は「通行地役権について」のその2ですが、通行地役権に特化するのではなく、地役権とはどのような用益物権であるかについて見ていきたいと思います。地役権の法的性質がわかれば、鑑定評価においてもその特徴を反映して適正に評価ができるのではないかと思います。
1.地役権の内容
民法280条では、「地役権者は、設定行為で定めた目的に従い、他人の土地を自己の土地の便益に供する権利を有する」とあります。便益を要する自己の土地を「要役地」といい、自己の土地の便益に供する他人の土地を「承役地」といいます。
他人の土地を自己の便益に供するといっても、どのよう内容のものでも良いかというと、そうではありません。280条の但書として「第三章第一節(所有権の限界)の規定(公の秩序に関するものに限る)に違反しないものでなければならない」とされています。したがって、たとえば、隣地通行権(民法210~213条:袋地(民法では無道路地のことを袋地といいます)所有者は公道に至るまで隣地を通行できます)、自然流水の承水義務(同220条:高地の所有者は、その高地が浸水した場合にこれを乾かすため、または自家用もしくは農工業用の余水を排出するため、公の水流または下水道に至るまで、低地に水を通過させることができます)、界標設置権(同223条:土地の所有者は、隣地の所有者と共同の費用で、境界標を設けることができます)などを否定する内容の地役権を設定することは認められません 。1
2.設定できる地役権
不動産鑑定士として出くわすものとしては、通行地役権や送電線のために設定される地役権が多いと思います。筆者が静岡銀行で担保評価の仕事をしているときには、熱海で観望地役権が設定登記されているのを見ました。地役権は不作為のものもあり、観望地役権などはその典型例です。熱海は東側が相模湾の海岸に向かって傾斜になっていて、高い土地に建っているホテルや旅館が観望や眺望を得るために、隣接する低い土地の所有者と観望地役権の設定契約をします。その場合、承役地たる低い方の土地には一定以上の高さの建物を建てないという不作為の内容の契約になっています。
民法には、用水地役権も規定されています(同285条)。用水地役権の承役地において、水が要役地および承役地の需要に比して不足するときは、その各土地の需要に応じて、まずは①生活用に、余った水は②他の用途に供するものと規定されています。この点は、強行規定ではなく、設定行為に別段の定めがあるときは、その定めによるとされています。
また、2項では、同一の承役地については数個の用水地役権を設定したときは、後の地役権者は、前の地役権者の水の使用を妨げてはならないとされています。
3.人役権ではない
民法280条で「土地の便益に供する権利」とあることから、要役地所有者個人の便益のためのものではありません。たとえば、他人の所有地での植物の採取とか狩猟など、その人の所有する土地とは関係なく、その人だけが享受できるといったものではあってはなりません(このような権利を人役権といいます)。
我が国では人役権は認められておりません。
4.承役地の所有者との共同利用
地役権は、承役地の所有者の用益権能を維持したままで、要役地の便益のために必要な範囲内での一定の物権的な土地利用権を設定するものです。たとえば、通行地役権であれば、通行権の設定されている部分を承役地の所有者も利用できます。いわゆる共同利用ということになります。
賃借権や地上権の設定ですと、排他的な利用になりますので、その土地を賃借人あるいは地上権者しか使用できません。
5.要役地と分離して譲渡できない
地役権は、要役地の所有権に従たるものとして、その所有権とともに移転し、または要役地について存する他の権利の目的となります(例:要役地に抵当権が設定されている場合、その抵当権は承役地に設定されている地役権にも及びます)(同281条1項本文)。ここでも設定契約に別段の定めがある場合は、それが優先します(同条同項但書)。
また、地役権は二つの土地の利用関係を調整するために存するものですので、地役権を要役地と分離して譲渡したり、要役地とは別に地役権だけを他の権利の目的とすることもできません(同281条2項)。
さらに、要役地の譲受人等が承役地の所有者に地役権を主張するには、要役地の所有権移転登記があればよく、承役地に地役権の設定登記がされていることを要しないとされています。
6.不可分性
土地の共有者の一人は、その持分について、その土地のためにまたはその土地について存する地役権を消滅させることはできません。承役地が共有の場合も同様です(同282条1項)。
また、土地の分割またはその一部の譲渡の場合、地役権は、その各部のためにまたはその各部について存するとされています(同282条2項本文)。ただし、要役地の一部に建物があり、その建物のために観望地役権が設定されている場合などは、その建物での観望が良ければよいので、土地が分割されても、分割された各土地に地役権が存することになるのではなく、その建物にとって必要な土地についてのみ存することになります。
7.共有と時効
要役地が数人の共有に属する場合、その一人のために消滅時効の完成猶予または更新があるときは、その完成猶予または更新は、他の共有者のためにも、その効力が生じます(同292条)。つまり、消滅時効が共有者全員について一時ストップするか、経過した消滅時効期間がゼロにリセットされることになります。
土地の共有者の一人が取得時効によって地役権を取得したときは、他の共有者も地役権を取得します(同284条1項)。
共有者に対する取得時効の更新は、地役権を行使する各共有者に対してしなければ、その効力を生じません(同284条2項)。つまり、経過した取得時効期間がゼロにリセットされるためには全共有者に対し、更新が生ずる手続き(訴訟等)をしなければなりません。
地役権を行使する共有者が数人ある場合には、その一人について取得時効の完成猶予の事由があっても、取得時効は、各共有者のために進行します(同284条3項)。つまり、取得時効期間は一時的にストップはしないということになります。
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