通行地役権について その1

 不動産鑑定士で創価大学法学部の教員の松田佳久です。今回は通行地役権について見ていきたいと思います。通行地役権は、無道路地が建築基準法上の接道義務(建築基準法43条)を果たすための重要な権利であることが多く、その点でとても重要ですので、断続的あるいは連続して数回にわたってみていきたいと思っています。

1.設定契約のない通行地役権

 通行地役権の設定にあっては、当事者(通行地役権者と設定者)間での通行の合意だけがあり、契約書が作られないことが多いといわれています。また、通行の合意があったとしてもかならずしも通行地役権が設定されていると判断されない場合も多いようです。

 新たな通行地役権設定契約を締結したものではなく、既に存在する民法上の隣地通行権の範囲等を確定したものと解される場合もあるようです(東京地判昭和30年9月12日判例時報64号20頁は、民法213条の、分割によって公道に通じない土地が生じた場合の隣地通行権の範囲等を確定したに止まるものと解するとしています)。

 あるいは、通行地役権の設定ではなく、設定された通路部分を権利者のみが独占的排他的に使用する場合、賃料支払いがあれば賃貸借、なければ使用貸借と解される場合もあるかと思います。

 いずれにしても契約書がない以上、安易に判断はできません。鑑定評価にあっては、依頼者からの情報収集をきちんと行い、判断することになりそうですが、場合によっては、無道路地の鑑定評価において、鑑定評価上可能であるならば、接道義務を満たすべく通行地役権が設定されている場合とそうでない場合の両者の評価額を算出し、どちらかを参考として記載する、といった方法が良いものと思われます。しかし、地役権自体は、賃借権や使用貸借権のように権利者に独占排他的な使用収益権が与えられるものではなく、通路部分を所有者(=通行地役権設定者)も使用することのできる物権ですので、接道義務を満たすことになるのかについて、行政庁の担当部署にきちんと確認する必要があります。

2.黙示の通行地役権

(1)判断要素・判断基準

 「黙示の通行地役権」とは、契約書を作るような明示の契約ではないということですが、黙示の通行地役権設定があったというためには、単に通行の事実があり、通行地の所有者がこれを黙認していただけでは足りず、通路の外観を有し、更に、例えば、一筆の土地を分譲する際、通路を利用する譲受人に対してその通路敷所有権を分割帰属させたり、通路敷所有権を元の所有者に留保したりするなど、所有者がこれに通行地役権を設定し、法律上の義務を負担することが客観的に合理的であると認められる特段の事情を要するものと解されています(東京地判令和2年3月27日LEX/DB25584679)。

 たとえば、①通路が特定人に留保されている場合、②通路敷地が相互交錯的に提供されている場合、③法定通路に相当する場合、④マンションデベロッパー等が通路敷の残地を所有する場合、などがあります(宮崎裕二『新版 指導と通行権の法律トラブル解決法』177頁(プログレス、新版、2025年))。

(2)否定の裁判例

 「黙示の通行地役権」は、容易に認められません。

以下の裁判例は、黙示の通行権の存否について、上記の判断要素を詳細に検討して、否定しています。

  1. 東京地判令和5年9月14日LEX/DB25611216は、要役地を有するⅩが、Yの所有する私道の補修の改修補助制度を千代田区に申請するために各所有者に働きかけて工事施工および土地の使用承諾書を取り付けたとしても、私道の補修のための土地の使用承諾等の意思表示の中に、将来にわたってⅩが通行することを許容する趣旨まで含まれているとはいえないとしています。
  2. 前掲東京地判令和2年3月27日は、これまで対象私道を利用しなくても公道に出ることができる状況であったことが、黙示の通行地役権を否定する要因になっています。
  3. 東京地判平成31年1月15日LEX/DB25559328は、これまで対象私道を使用してきた事実がない点が否定の理由になっています。
  4. 東京地判平成29年12月14日LEX/DB25551044は、対象借地から公道に至る通路として本件私道を継続的に利用していたものと認められるものの、Ⅹのみならず、一般の通行人や本件隣接地上の建物の使用権者による本件土地の利用を容認していたことが、Ⅹにのみに特別に黙示の通行地役権を認めたものとはいえないとしています。
  5. 東京地判平成28年7月8日LEX/DB25536408は、通路を、必ずしもⅩらが全面的、排他的に使用してはいなかったこと、通路所有者Yとの間で、本件通路に地役権等の利用権を設定する旨の合意を記載した書面等が作成されたり、地代等の支払がなされたりしていたことを認めるに足りる証拠はなく、地役権の登記もなされておらず、地役権の設定を徴表するような行為や地役権設定を前提とする手続等がなされた形跡もうかがわれないことから、地役権を否定しています。
  6. 東京地判平成27年2月18日LEX/DB25523711は、私道所有者が好意で通行を認めていたにすぎないとしています。
  7. 東京地判平成26年4月24日LEX/DB25519144は、接道義務を満たすために賃貸借契約の設定を受け、賃料を支払っており、また、対象私道を通行しなくとも公道に出ることができることから、否定をしています。
  8. その他の黙示の通行地役権を認める証拠資料が少ない点を挙げ、否定する裁判例として、東京地判平成28年6月8日LEX/DB25591761、東京地判平成28年1月21日LEX/DB25591760があります。

(3)肯定の裁判例

以下の裁判例は、黙示の通行地役権を認容し、それに基づく私道所有者からの妨害の排除も認めたりしています。

  1. 東京地判令和4年4月26日LEX/DB25605314。
  2. 東京地判令和1年11月19日LEX/DB25583173は、マンションの区分所有者であり、マンション敷地の共有者であるⅩらが、マンションの敷地は袋地になっており、公道に出るための通行にYら所有の各土地が必要不可欠な土地であるとして、黙示の通行地役権を認容しています。
  3. 東京地判平成30年3月14日LEX/DB25552695は、相互利用があったことが認容の大きな理由になっています。

(4)まとめ

 以上からすれば、黙示の通行地役権が存するといえるためには、まず、その私道なり通路なりを通らなければ公道に出ることができないことが重要なようです。そして、前掲東京地判平成30年3月14日からすれば、対象私道が分譲地の区画所有者が客観的に相互利用できる状況になっている点も重要だということがいえそうです。


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