このところ、古くなったオフィスビルを高級賃貸マンションに建て替える話や、低迷する中古住宅市場を活性化するための施策等に関する話をよく耳にします。オフィス市場(東京)では、2020 年に向けて大型ビルの大量供給が続きますが、最近は中型でも設計や設備水準に優るビルは稼働率が高まっています。こうしたビルは、周辺相場と比べて賃料は割高になりますが、人材獲得面でのプラス効果等を見込んで入居する中堅企業が増えています。また、オフィスに関しては、働き方改革の一環で執務スペース内にカフェを設けて他部門との交流を図ったり、ベンチャー企業が中心のシェアオフィスでは共用会議室を充実させて異業種企業間の交流を図るような取組みが行われています。
人口減少社会では、社会資本的な観点からしても、古くなった建物を再生して有効に活用する必要があります。現実には、空き家が増えている住宅団地の近くで新規の宅地開発が行われていたり、空室率が上昇しているオフィス街の中に新しいビルが建つこともあるわけですが、こうした開発型の手法による街づくりには限界があるのも事実です。そろそろ、古くなった建物のリノベーション(手直し)やコンバージョン(用途変更)に関する法令等を整備し、建物(躯体)の再利用を促す時期に来ているのではないでしょうか?不動産は場所やグレードによって二極化したと言われますが、今回は二極化の波に呑まれてしまった建物等に着目し、その再生方法等について当社と業務提携関係にある全国の不動産鑑定士にアンケート調査を行いました。なお、文中のカッコ書き(都道府県名)はアンケート回答者の事務所の所在地を示すものです。
※ 本コラムは「ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.43」に寄稿したものを転記したものです。
ごもっとも
オフィスビルの空室期間が長引いた場合、募集賃料を下げれば他のテナントにも影響が出ます。しかし、極端なフリーレントに応じるくらいなら、その空室は共用部扱いにして他の貸室の効用を高める方法もあります。例えば、中小ビルなら喫煙所や仮眠室等、大型ビルなら託児所やペットの預り所等を設ければテナント企業の満足度はアップします(東京都)。
賃貸マンションが古くなると、まず敷金・礼金等の一時金が緩和され、次いで「ペット可」や「事務所使用可」といった具合に使用上の制約が取り除かれていきます。しかし、結果的に近隣トラブルが増えるくらいなら、建物全体を防音使用にして演奏家や音大生の需要を取り込んだほうが賃貸収支は安定し、投資物件としての魅力も高まります(東京都)。
最近は中古マンションの在庫が増えているようですが、販売価格が下がってトラブルを起こすような人が入ってくるくらいなら、売りにくい部屋は管理組合が買い取り、住人向けのサービスルームにするのも手です。例えば、カラオケや麻雀ルーム、競馬ファンが集まる大型モニター付きの競馬サロン等があればマンション内の風通しは良くなります(神奈川県)。
ホテルは年々増え続け、競争はますます激化しています。インバウンド景気の潮目が変われば、いずれはホテル業界にも淘汰の波が押し寄せることになるでしょう。そうなった時、稼働率の上がらないホテルには、打開策のひとつとして大学受験や資格試験の勉強に励む受験生を相手に自習室を始めてほしいです。予備校の教室は空いていないことが多いですし、家では親兄弟や妻子がうるさくて集中できないという人は大勢います(東京都)。
何かと話題の民泊は、適法に運営されている宿泊施設の営業を妨害する可能性があります。需要があるからといって規制を外すのなら、もっと他に外すべき規制があるように思います。ホテルの建設が間に合わないのなら、繁華街の商業ビル内にインターネットカフェやマンガ喫茶等を増設したほうが民泊を許可するよりは治安は維持されるように思います(千葉県)。
大阪では、古くなったオフィスビルがレンタル倉庫や貸し会議室等に転用されるケースが増えています。また、増え続けるインバウンドとホテル不足の状況に変わりはなく、最近はワンルームマンションのみならず、オフィスビルまでもがビジネスホテル等の宿泊施設にコンバージョンされています。しかし、こうしたケースでは建築基準法や消防法上の問題はクリアされているのでしょうか?(大阪府)。
京都では、京町家(1950 年以前に建てられた木造家屋)を再利用する動きが加速しています。京町家は、具体的には民泊、レストラン・カフェ、土産物屋・雑貨店等に転用されています。また、外国人富裕層が京町家を買い取り、自らの別荘やゲストハウスとして利用するケースも増えており、この場合の買取価格は従来の相場とはまったく異なる高値取引となっています(京都府)。
あるある
住宅街の近くで廃業した工場や倉庫等は、これまではマンションに建て替えられるケースが多かったですが、今後は自治体が買い取って地域住民のための体育館等にするのがよいと思います。有料でも、一般のスポーツクラブよりは安くできるはずなので、利用する人は多そうです。また、幼い子供の多い地域であれば、自治体の指導の下、保育所等への転用を検討するのもよいでしょう(東京都)。
ロードサイド(郊外路線商業地)では定期借地権が普及し、事業者は予定する事業期間に応じた構造の建物を建てられるようになりました。その後のロードサイドが活況を呈しているように、法律や行政上の規制に対する選択肢の広がりは地域そのものをバリューアップさせたことになります(千葉県)。
北陸地方では、記録的な大雪でビニールハウスが押しつぶされ、農作物が深刻な被害を受けました。他方、老朽化が進んだ街中のオフィスビルは、多少手を加えたところで稼働率が改善するとは思えません。そこで、こうしたビルは農業法人等が買い取り、農業用に改造した上で農家に貸し出す形でシティ・ファームを始めるのがよいと思います(福井県)。
築年の古い賃貸マンションは、インターネット環境が劣る点でかなり損をしていると言われます。そうであるならば、いっそのこと建物全体をフリー・ワイファイ化して、賃料は通信費込みで募集してみてはいかがでしょうか?上手くいけば、全国の賃貸マンションが一斉にフリー・ワイファイ化に乗り出し、巨大なバリューアップ市場が誕生することになります(兵庫県)。
小倉のアーケード街では、空いた店舗が複数の区画に分割の上、貸し出されています。テナントとしては珍しい雑貨店やユニークな料理店等が入居し、テレビでも紹介されました。人通りが多く、賃料単価も高い商店街で一定のスペースを借りられる事業者は限られますが、このアーケード街では細分化によって様々なアイデアが具体化し、地域の活性化に貢献しています(福岡県)。
那覇市では、観光客に加えて市内人口も増加しています。このため、街中では目に見えてコインパーキングが足りなくなっています。この状況が続くのであれば、耐震性等が劣る大型ビルは建物全体を立体駐車場にコンバージョンするのもいいと思います。追加投資はかかるかもしれませんが、好調な地域経済を背景に時間貸しの料金単価は高めに設定することができます(沖縄県)。
なるほど
マンションの共用部には、若者向けの運動施設や高齢者向けのゲームコーナー等を設けるべきです。こうした取り組みは、直接的な利益には結びつきませんが、建物全体に活気が出て、間接的な利益を生む可能性があります。バリューアップでは、「損をして得をする」的な発想も大事なように思います(北海道)。
空洞化が進む地方都市のテナントビルは、そもそも借り手がいないため、バリューアップ等を行っても賃料が上がることはありません。それよりも、年々老朽化が進み、倒壊等の危険性が高まっている既存ビルを「誰がいつ解体するのか?」のほうがよほど重大な問題です(北海道)。
バリューアップでは、費用対効果の見極めがポイントになります。オーナーの趣味でいたずらにお金をかけても、センスが悪かったり、使い勝手が改善されなければ付加価値は生じません。また、特に住宅に関しては、リフォーム等が受け入れられやすい地域とそうではない地域とがあることにも留意する必要があります(福岡県)。
空き家や空きビルの増加は、衰退化する地域経済の象徴ともなりかねません。こうした事態を防ぐ意味でも、バリューアップに際しては個々の建物所有者が勝手にプランを決めるのではなく、商店街や町内会等の地域コミュニティの意向も踏まえて行動することが重要なのだと思います(埼玉県)。
地方では、地元商店街の再生に向けた様々な取り組みが行われています。しかし、ネット通販が全国的に普及した今、こうした取り組みは無駄な抵抗に終わる可能性があります。商店街は駅にも近く、立地条件には恵まれているので、商業機能の回復を図るよりも住宅用途への転用を促したほうが地域経済にとっても望ましいと思います(三重県)。
仙台市では、閉店した焼き肉店がシェアハウスに改装され、外国人労働者向けに貸し出されています。稼働率はそれなりに高く、利回りもそこそこ取れているようですが、札幌では旅館を改装した簡易宿泊所で火災が発生しています。防災的な観点からすれば、コスト・カットを前提とした安易なコンバージョンは控えるべきだと思います(宮城県)。
コンビニの建物を活かして喫茶店として成功した例があります。この喫茶店は、内装等がお洒落なわけでもないのですが、メニューの料金は低めに設定されていて、料金帯に見合った客層で大変繁盛しています。今後、高齢化社会で安さを求める声が高まるのであれば、バリューアップにもそれに対応した形のものがあってもよいと考えます(愛知県)。
まとめ
以上、リノベーションやコンバージョンに関して様々な意見が寄せられました(本稿ではこれらをまとめて「バリューアップ」と定義します)。バリューアップは、経年劣化や周辺環境の変化等により機能性が低下してしまった建物等に付加価値を与え、その資産価値を回復させる上で有効なものです。今後の課題は、住宅(リフォーム)以外の分野でもバリューアップを手がける事業者の数を増やし、市場の透明性を高めることにあります。
建物所有者は、日頃から管理会社とは接しています。しかし、管理会社の業務は建物の現状を維持するためのものであり、現状を超えて資産価値を高めるようなものではありません。このため、建物所有者としては、バリューアップを考えてはいても、具体的な行動を起こせなかったり、知人等から紹介された事業者の信用力や提示された見積金額の妥当性を判断することができないのです。この点、総合不動産会社であれば社会的な信用力には事欠きませんが、こうした会社は仕事のスケール自体が大きいこともあり、バリューアップに本腰を入れて取り組んでいる会社は少ないのが実情です。
古くなった建物を再生し、社会全体として「壊さない街づくり」を考えるのであれば、今後はバリューアップに関して相談、提案、企画、設計、施工、融資(の斡旋)、登記(の変更)、アフターサービス等の一連の関連業務をワン・ストップで行える全国規模の専門組織を立ち上げる必要があります。国や自治体での対応が難しければ、民間業者によるネットワーク方式や、不動産ファンド等を使う方法もあります。こうした組織が展開することによってバリューアップ市場の透明性は高まり、全国各地に埋もれていた建物所有者の潜在需要が顕在化する可能性もあるのです。バリューアップは、人口減少社会における不動産活用上の重要な施策のひとつであり、今後の動向が注目されています。
神山 大典(不動産鑑定士)
藤代 純人(不動産鑑定士)
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