不動産鑑定士で創価大学法学部の教員の松田佳久です。今回はマンションの取り壊しにおける買取価格について見ていきたいと思います。
1.マンションの建替えとその手続き
マンションの建替え決議は、ご存じのとおり、建物の区分所有等に関する法律(以下、マンション法という)62条1項で、マンション組合の総会において、区分所有者の人数の5分の4以上の賛成およびその議決権の5分の4以上の賛成の両方が必要になります。しかし、この規定は通常、修正されており、たとえば私が居住・所有するマンションの組合では、規約で組合員は1戸につき1つの議決権を有すると規定されています。
しかし、マンション法には、建替え事業の実施主体や事業の仕組みについて具体的な定めがありません。それを定めているのは、マンションの建替え等の円滑化に関する法律(以下、円滑化法という)です。
円滑化法によれば、マンションの建替えの流れは、以下のとおりです。
- 建替えの合意形成
- 建替え決議
- マンション建て替え組合の設立(建替え不参加者への売渡請求)
- 権利変換計画の作成(非賛成者に対する売渡請求等)
- 権利の変換
- 建替え事業の実施
- 再建マンションへの入居
この手続きの中で、3の建替え不参加者に対する売渡請求、4の権利変換計画に賛成しない者に対する売渡請求と、2度ほど不参加者や非賛成者の有するマンションを買い取り請求する機会があります。
売渡請求(買取請求)は形成権ですので、一方的意思表示により、その意思が相手方に到達した時点で売買契約が成立することになります。
2.買取価格に関する裁判例
では、買取価格に関する裁判例を見てみましょう。収集できた事案は2事案と少なく、敷地部分を更地評価とするか、建付け地評価とするかの違いはありますが、いずれの事案も旧建物は取り壊されてしまいますので、建物価格の加算はありません。代わりに取り壊し費用等を敷地部分の評価額から控除されていますので、買取価格は通常のマンション価格に比べて、かなり低位な価格になっています。
(1)東京地判令和5年3月24日LEX/DB25608609(借地権付きマンションの買取)
この事案は、マンションの区分所有者によって構成される管理組合の臨時総会において、マンションの建替え等の円滑化に関する法律所定の本件マンションおよびその敷地利用権である借地権を売却する旨の決議が成立し、円滑化法108条10項が準用するマンション法63条(条文はこのコラムの最後に記載)の本件専有部分の区分所有権及び同部分の敷地利用権の売渡請求をしたとして、原告(建替賛成者側)が、本件専有部分の区分所有者である被告ら(建替反対者側)に対し、その売渡請求により成立した売買契約に基づき、専有部分の明渡し及び所有権移転登記手続を、時価相当額と引換えに求めた事案において、請求の一部を認容した事案です。
- マンションは、東京都千代田区内にある鉄筋コンクリート造陸屋根地下1階付5階建です。
- この事案は、借地権付きマンションの事案ですが、建物は建替えをしないで、建物を取り壊し、借地権を不動産業者に売却するものです。
買取価格に関する裁判官の判断は以下のとおりです。
本件マンションは、建替えを前提としない事案ですが、裁判官は、「円滑化法108条10項が準用する区分所有法63条4項にいう「時価」とは、建替え決議の内容により建替えが予定されていることを前提として、売渡請求がされた時点における区分所有権及び敷地利用権の取引価格を客観的に評価した額をいうものと解するのが相当である」とし、本件各土地を建付地価格で評価することは相当ではなく、更地価格で評価すべきとしています。
更地価格
4億0,790万円(鑑定評価)×借地権割合70%=借地権価額2億8,553万円
買取価格
2億8,553万円-取壊費用9,000万円-借地権更新料・譲渡承諾料等(更地価格の10%)4,079万円-基礎解体費用1,500万円)× 本件マンションの各区分所有者の合計専有面積に占める本件専有部分の割合10.10%=1,411万3,740円
*ちなみに裁判所鑑定における不動産鑑定士が算出した建付地価格は3億6,711万円です。
(2)神戸地判平成11年6月21日判例時報1705号112頁(建替決議:有効、震災マンション売渡請求)
本件敷地の建付地価格を、建物除去費用を勘案しつつ、取引事例比較法による比準価格、収益還元法による収益価格及び開発法による価格から査定し、各区分所有建物の位置に基づく階層別・位置別効用積数比を求め、右建付地価格を効用積数比により配分する方法で各区分所有権及び敷地利用権の時価を算出。
- 取引事例比較法による比準価格16億9,750万円(19万7,000円/㎡)
- 収益還元法による収益価格7億0730万円(8万2,100円/㎡)
- 開発法による価格15億3,630万円(17万8,000円/㎡)
収益還元法による収益価格については不動産不況の影響がみられることや本件敷地が位置的に賃貸用建物敷地に向いていないことからこれを参酌するに止め、取引事例比較法による比準価格及び開発法による価格に重点を置き、本件敷地の建付地価格を16億1,700万円(18万8,000円/㎡)と査定。
また、階層別・位置別効用積数比については、6階614号室を標準住戸として、眺望、日照等による階層別格差及び方位、採光、バルコニーの広さ等による位置別格差を考慮して各住戸の効用比を算定。
16億1,700万円(建付地価格)×0.005305(効用積数比)=857万8,000円(鑑定評価額)
まとめ
建替え決議には絶対に反対してはならないという一般常識があります。それは、かなり低い価格での買取となるからです。上記2つの裁判例はそれを裏付けています。敷地評価額から取り壊し費用等が控除され、旧建物は取り壊されてしまうことから、旧建物部分は評価対象にはなりませんので、不動産市場で売買されている通常のマンション価格よりもかなり低位になってしまいます。
問題点は敷地価格を更地価格とするか建付地価格とするかの点です。皆さんはこの点につきどのようにお考えになるでしょうか?
参考
円滑化法108条10項が準用するマンション法63条は以下のとおりです。
2 集会を招集した者は、前項の規定による書面による催告に代えて、法務省令で定めるところにより、同項に規定する区分所有者の承諾を得て、電磁的方法により建替え決議の内容により建替えに参加するか否かを回答すべき旨を催告することができる。この場合において、当該集会を招集した者は、当該書面による催告をしたものとみなす。
3 第一項に規定する区分所有者は、同項の規定による催告を受けた日から二月以内に回答しなければならない。
4 前項の期間内に回答しなかつた第一項に規定する区分所有者は、建替えに参加しない旨を回答したものとみなす。
5 第三項の期間が経過したときは、建替え決議に賛成した各区分所有者若しくは建替え決議の内容により建替えに参加する旨を回答した各区分所有者(これらの者の承継人を含む。)又はこれらの者の全員の合意により区分所有権及び敷地利用権を買い受けることができる者として指定された者(以下「買受指定者」という。)は、同項の期間の満了の日から二月以内に、建替えに参加しない旨を回答した区分所有者(その承継人を含む。)に対し、区分所有権及び敷地利用権を時価で売り渡すべきことを請求することができる。建替え決議があつた後にこの区分所有者から敷地利用権のみを取得した者(その承継人を含む。)の敷地利用権についても、同様とする。
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